旧深名線の駅を訪ねて

道北の深川市と名寄市の間の鉄道路線は、現在存在する旭川経由の宗谷線以外に、幌加内町の朱鞠内を経由する路線が存在していました。
それが深川と名寄両市の名をとって命名された「深名線」です。

この深名線も赤字路線になる事を免れ得ず、1995年9月をもって廃線。
さて、廃線から四半世紀が経過した今、当時使われていた駅などはまだ遺っているのでしょうか。
今回は、深名線の起点である深川駅から、未成線であった名羽線の中継地でもある朱鞠内駅までを訪ねてみました。

目次

深川~幌成間は何も無い状態

スタートは、函館本線の中継駅で留萌本線の起点でもある深川駅。
道北の鉄道2路線の要となっている駅だけあって、大きいですね。
駅舎内には、物産館と観光案内所も併設されています。

線路はここから北上して、円山→上多度志→多度志→宇摩と続きますが、この4つの駅は、既に鉄道関連のものは撤去されていました。
さぁ、次の幌成駅ですが、駅舎がまだ残っていました。
かすれてはいますが、駅名も見えますよ。
今は駅の在った場所からは少し離れて、工場の事務所として使われている様です。

実際に駅があった場所は、工場の敷地の北隣りにある道路の先。
国道275号から町道に向かうこの道が駅前通りで、町道よりも手前に線路と駅がありました。

廃線ファン涙物の駅が続きます

さぁ、次の駅は鷹泊駅です。
有人駅だった時の姿のまま、駅舎が遺されていました。

駅舎の裏側に回ってみると…

うわぁ、ホームが遺されていましたよ。
雪で路盤跡はハッキリとは判りませんが、かつて線路が通っていた雰囲気は感じられます。
更に、駅前には農協の倉庫の姿も!!

そして続く沼牛駅も、駅舎がしっかり遺されていました。
入り口上には駅名標も掲げられています。
実はこの沼牛駅、2015年に廃線20周年を記念してイベントが行われ、町民と鉄道ファンによって現役時代の姿に復元されたのだそうです。

駅舎の裏手には、ホームや、鉄道ファンの手で復元された腕木式信号機の姿がありました。
いや~、ホント、駅の裏側っぽい風景です。

かつてはこういう景色の中を、蒸気機関車が煙を上げて走っていたんですねぇ。

北海道一の豪雪地帯の遺構は如何に?

廃線後に撤去された新成生駅、そしてなんと2000年に火災の為焼失した幌加内駅を過ぎて、道内一の豪雪地帯である幌加内町内の駅跡を辿ります。
まずは上幌加内駅。

朽ち果てかかってはいますが、駅名標の枠が遺されていました。
次の雨煙別駅は、1987年の国鉄民営化と共に臨時駅に降格し、廃駅と共に全てが撤去されました。

そしてここから次の政和温泉駅に向かうと現れる構造物がこれです

雪解け水が激流を作る雨竜川にかかる、第三雨竜川橋梁。通称「ポンコタンの橋」。
廃線後も保存会の方々の尽力で、現役当時の姿を見る事が出来ます。ありがたい。

続く政和温泉駅は今はもう何も無くなっていますが、次の政和駅には、駅舎がありました~♪
しかし駅舎としての面影はほぼ無くなっていました。

この駅舎は、廃駅後には新規就農者の住宅になったり、駅舎の構造そのものを生かした幌加内蕎麦の食堂になったりしましたが、現在は壁面がすっかり張り替えられて、倉庫として利用されている様です。
でも、往時をしのばせるものを発見しましたよ♪

建物の基礎に使われている石。この黄色と黒の色遣いは、まさしく駅舎の基礎石!!
そして、かつて駅前のAコープ&ホクレンスタンドだった場所には、農協の倉庫も。

豪雪にも負けず、よく遺ってくれました!!

政和を出た列車が次に停まるのは、畑の中にある新富駅です。
ここは駅舎こそ無くなってしまいましたが、ポツンと集荷所だけが佇んでいました。

なお、新富地区は、国勢調査によって2015年に消滅集落となっています。

さぁ、田園地帯をズンズン北上すると、次に現れるのが添牛内の駅です。
地元の人達が倉庫として大切に使って来た事もあり、しっかりした姿で遺っています。
この辺りは厳冬期には常時2m程の積雪は当たり前。
屋根の雪下ろしをしないと、建物が潰れてしまうんです。

2017年には有志の手によって駅名看板が復活。

今年(2021年)、古くなった駅舎の修繕工事が行われる予定だそうですよ。

深名線の廃駅を巡る旅。
痕跡がほとんど消えた大曲駅、共栄駅を過ぎて、いよいよ今回の終着地点の朱鞠内駅です。

駅があった場所には駅名標と、この時は雪の下になっていますが、レールが遺されており、路盤跡に作られた町道を挟んだ向こう側には、バス待合所とパークゴルフ施設があります。

ここまで、深川駅から旧深名線の跡を辿って、幌加内町朱鞠内まで見て来ました。
往時は人口1万二千を数えた幌加内町も、今はその10分の一に近い1500人強。
人々が集まる都市部に食糧供給をしている地域の衰退ぶりには目を覆うものがあります。

廃線の跡を辿り、道北の一地域の昔の栄華を振り返ると同時に、地方を蔑ろにする日本の政治の在り方を考えさせられる旅でもありました。

旧国鉄深名線
深川駅と名寄駅を結ぶ鉄道路線として1941年に全通した路線。
開業後は赤字路線に転じ、1995年9月4日に廃止。

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