赤平の謎のお城「赤平 徳川城」とは?

赤平市の国道38号線、芦別から赤平へ抜ける途中のエルム高原へ向かうT字路に差し掛かると突然見えてくるお城。
かって北海道にもいくつかお城はあったのですが、現像するのは「松前城」、「五稜郭」ぐらい、その中でも天守閣を持つ最北のお城と言えば「松前城」しかなく、歴史的にも赤平にはお城はあるはずもない。

どことなく大坂城の天守閣にもみえるのですが、このお城はなんなのかをレポートします。

赤平 徳川城

まず結論から、こちらのお城は「徳川城」と呼ばれる企業が建設した・・・つまりはニセ城なのです。

明治後期に創業された、東京の台東区の節句人形のメーカー「株式会社 松澤よろい店」が、、縁のある北海道に子会社を設立し「人形工房 徳川城」を設立。

4層6階建ての観光施設を兼ねたショールーム兼製造工場として、このお城を建設します。
バブルが崩壊した1991年に完成したこのお城は、「日本最北の城」 として町のシンボルのひとつになっていました。

高さ30mのお城の場内は、1階が土産物と人形作りの実演コーナー、2〜3階が人形の展示販売エリア、4階が雛人形の展示と和風レストラン、5階が戦国武将の鎧兜の展示で山本勘助や武田信玄などの複製鎧が展示してあったとされ、6階が展望台展望天守閣だったようです。
4階の和風レストランは営業としていなかったという証言もあり、おそらく短期間での営業だったと推測します。

営業は冬季休業のない通年営業で、定休日は5月5日〜12月25日までの火曜日と12月26日〜1月2日の年末休業以外は、10:00〜18:00までと記録に残っています。

入館と見学は無料でだったのですが既に5年後の1996年には、日曜日にも関わらず、数人程度の来客と既に厳しい営業状態だったと、当時訪問された方のブログには記載されています。

館内は撮影禁止だったので写真が残っておらず、施設内の状況は不明です。

赤平 徳川城の衰退

人形工房 徳川城の社長である、3代目人形師兼甲冑師 松澤一男氏が亡くなられ、業績も悪化の一途をたどり、2007年ごろから休業状態。

4代目の 松澤 啓氏が「節句人形と木のおもちゃ徳川城」として札幌市内に本店として販売店舗を2007年1月にオープンします。Yahooショップや楽天市場に出店して意欲的に事業展開するのですが、現在では閉店しているようで、その後どうなってしまったのかは現状では解りません。

閉店時期に関しての情報はネット上で見つからず、googleストリートで確認すると2015年〜2018年の間に閉店しているのが確認できます。

当時の報道記事によると2011年に倒産し破産手続開始とありますが既に10年も経過しています。その後の展開に関しての情報はみつからず、「徳川城」の建物がどうなるのかは解りません。

なお、まつざわの技と歴史は血族の松沢武人氏に受け継がれ、人形工房まつざわを創業、千葉県指定伝統的工芸品甲冑師として今も活躍されているようで・・・なんだか安心しました。

最後に

国道38号線から見える姿は、廃墟になった今でも町のシンボルとしての存在感は失われていません。

赤平市は北海道内の他の市と同様に過疎化や喘ぐ町で、財政難であるのは間違いありません。
だからこそ、これだけインパクトのある建築物は観光スポットとして価値がありますので、活用を検討しても良いのではないでしょうか?

ちょっと気になるのですが、城の裏の貯水池の向こう側にもプリンス平安という冠婚葬祭ホテルの廃墟があり、入り口には「プリンス平安」と書かれた大きな門が今もそびえ立ちます。大型の廃墟が立ち並ぶこの近辺は、なぜだか不思議に感じるのであります。

※情報が不確な部分があります。ご指摘頂ければ確認後に修正を致します。
参考:人形工房 徳川城(過去リソース)

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