色褪せない出会い〜ウマ、ウマいモノ、北海道

競馬はそれなりに好きだったものの、サラブレッドがめっちゃ好きというわけでは無かった。だから、競馬場のパドックで、サラブレッドの写真を撮りまくるカメラ女子を見ても「好きだねー」とかしか思っていなかった。

10年前に始めた乗馬では、気難しい性格と教えられた10歳のおばあちゃん牝馬が40歳過ぎのオジさんを風を切る走りまでできるようにしてくれた。その頃からだろう、サラブレッドへの親近感が増して行ったのは。

たまたま、万馬券が的中したこともあって、気落ちが昂っていたこともあった。中山競馬場のパドックで夢中でシャッターを切る相棒。「この子たちの故郷を見に行きたい」との言葉に安易に頷いてしまった。「いざ、北海道へ」

新千歳空港に昼過ぎに着き、レンタカーを借りる。目指すは馬産地の日高地方、約4時間のドライブだ。ちょい長めの旅には旅のお供が必須ということで、近くのコンビニを目指す。

「セコマって看板あるよ」。入念に下調べしてきた相棒が「北海道で一番知られているコンビニ、セイコーマートだって」と教えてくれた。店内のホットコーナで「店舗で手作り」のポスター書きが目に飛び込んで来た。カツ丼と大きめのおにぎりをゲットし、車中で頂く。暖かい。半端なく美味しい。大手コンビニのとは雲泥の差だ。水なのか、材料がいいのか。北海道にいるという高揚感を差し引いても上手い。ハンドルに力が入った。

一般道から高速道に入り日高を目指す。2時間ばかり車を走らせると、目の前に牧草地が飛び込んで来た。遠目では黒い粒にしか見えなかったのが、牛の群れだと分かり、声を上げる。すると隣に座って相棒がカメラを取り出しシャッターを切り始めた。
「サラブレッド!仔馬もいる!」車内では連写のカメラ音が響く。なだらかな丘陵に樹木が並び、緑の田畑とのコントラストは、まるで写真で見たオランダの田園地帯のようだ。
景色に見とれながらアクセルを踏み込んだ。相棒がまた声を上げる。
「海!海!」。今度は太平洋が目に飛び込んできた。緑のキャンバスの奥に鮮やかなブルーの流線形が描かれた、目を奪われる光景が展開する。

「疲れたでしょ?」と人懐こい笑顔で出迎えてくれたのは、ホースヴィレッジペンション「馬の宿」のお母さんだった。
10分も歩けば、さっき見た太平洋の浜辺に行ける。一緒に連れてきたワンコは初めての砂浜に大はしゃぎ。海の潮騒も妙に心地良い。

宿に戻ると夕食に呼ばれた。炭火で焼く海鮮、焼きたての秋刀魚、現地物にこだわった生野菜が美味しい。淹れたての生ビールは何度もおかわりが進む。何よりもお母さんとの会話が東京生活の疲れを癒してくれる。男っぽい性格もあるのだろう、ビールでは普段酔わないのに、会話が酔いをひどくさせ、すっかり顔が赤くなってしまった。
離れの宿泊する部屋に戻る際、お母さんが「明日の朝はびっくりするからねー」と悪戯っぽく笑った。その意味がわからないまま、飲みすぎたビールが深い眠りを誘った。

それこそ地割れが起きたような音が睡魔を遮った。ベッドから出てカーテンを開けると窓の外は牧場だった。音の正体は、朝の放牧を待って駆けているサラブレッドの群れ。パドックで見た、躾のいい競走馬とは違う、まさに野生の馬。言葉にすると陳腐な表現になってしまうが、それこそ迫力満点の光景が目の前で繰り広げられた。母馬におくれまいと懸命に追いかける仔馬の姿が愛おしい。相棒は夢中でシャッターを切っていた。

「ね、ビックリしたでしょう!」

卵焼き、焼き魚、手作りのイクラといった塩分控えめながらも野菜をふんだんに使った朝食で、お母さんはしたり顔だった。ご主人も競争馬育成に関わっていたという。
宿の立ち上げまでの話を伺い、再訪を約束して宿を辞した。2日目の目的地は新冠町だ。競馬で活躍して引退し、余生を過ごしているサラブレッドと対面できる施設へ車を走らせる。

途中、新冠町役場に隣接する道の駅に立ち寄る。野菜市場には朝取りの野菜が並ぶ。普段飲み慣れない牛乳も、ホロシリ牛乳なら楽に飲めそうだから不思議だ。牛乳を飲み干しながら、外に目を向けると、かつて馬券でお世話になったサラブレッドの顔写真を埋め込んだ顕彰碑が所狭しと並んでいた。日本ダービー、怪我から復活した武豊が大外から一気に脚を伸ばした「キズナ」がいる。東日本大震災からの復興と人の絆の大切さを連想させる「キズナ」がダービーで優勝した瞬間、込み上げてきたものがあったことを思い出した。G1レースを勝った馬の顕彰碑が続く光景は競馬ファンなら堪らないはずだ。

道中のセコマで買った「豚丼」を食べる。甘めのタレだが、豚肉との絡み具合がたまらなくいい。あっという間に完食。すっかりセコマの虜になってしまったようだ。懐かしの名馬との再会に思いを馳ると、ハンドルに力が入る。両脇に牧場が連なる道路を行くと、サラブレッドの群れがあちこちに続く。見上げると「サラブレッドロード新冠」の看板。なるほど、まさにメインストリート、銀座通りという通称に相応しい風景が展開する。

到着したのは「ビックレットファーム」。競馬ファンなら知っている芦毛のG1馬ゴールドシップが繁用されている施設だ。カメラ片手にダッシュで向かう相棒。レンズを向けるも後ろを向いたまま、こちらの求めには応えてくれないゴールドシップ。気性は現役当時と変わらないままだ。妙に安堵し、制限時間いっぱいまで滞在した。

次は新冠町の「優駿スタリオンホースステーション」へ。厩舎にいるサラブレッドが首を覗かせてくれ、運が良ければ、一緒に写真に収まってくれる。朝日杯で優勝したアジアエクスプレスが出迎えてくれた。距離が近い。触ってはいけないが、手を伸ばせば、顔を撫でられそうな距離だ。相棒がタイミングよく撮ってくれた写真を見てさらに驚いた。笑ってる。競馬場での精悍な顔とは違う、これ以上無い笑顔。この旅行で最高のプレゼントをもらった。

最後に浦河町のCandy Farmへ。東京の神社に勤めていた女性が、馬齢を重ねた繁殖牝馬と共生している施設だ。毎年命懸けのお産をして馬産地に貢献してきた牝馬の余生を看取りたいと話す彼女の覚悟を聞き、心から応援したい気持ちが込み上げてきた。施設でおばあちゃんサラブレッドと触れ合ううちに、乗馬を始めた時に出会ったあの10歳の牝馬が、北海道の旅に導いてくれたのかもしれない、と思わずにいられない気持ちになった。

北海道への旅は偶然の導きか、それとも必然の導きなのか。答えは出さないつもりだ。ただ、サラブレッドとの触れ合いも、人との出会いも、美味しかった食べ物も、目の前に繰り広げられた風景も、どれも今も色褪せることなく、むしろ、輝きを増している。

コロナが落ち着いたら、再訪して、新たな輝きを見つけるつもりだ。あなたも一緒に探してみませんか?

チー坊
青森県むつ市出身で小さな頃から、親近感がありました。3度の浦河旅行で改めて感じたサラブレッドとの共生や、セコママートで味わった美味しい食べ物の紹介をしたいと思い、連絡しました。よろしくお願いします。
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