北海道の知られざるホットスポット「知床国立公園」

毎年11月に学生と一緒に北海道の国立公園を廻る研修にでかけている。季節外れに行く大きな理由は航空運賃が安くなり、学生の経済的負担が減ることと、近年温暖化の影響で11月も暖かい北海道を楽しむことができるようになったからだ。しかし、今回の研修はちがっていた。知床を訪ねた日のお天気は荒れ模様だった。知床のガイドさんが私たちのグループにこんな質問をしてきた。

「皆さん、滝が逆さに落下するのをみたことがありますか?」一同、「ええっ?」と耳を疑った。
そもそも滝というのは、高い崖の上から流れ落ちる水の流れの事をいうはずだ。ところがその滝が逆さに落ちるってどういう事?

ガイドさんが笑いながら言った。
「さあ、それでは逆さに落ちる滝を見に行きましょう」

逆さに流れ落ちる滝

その日はあいにくの小雨模様のお天気で、おまけにかなりの風が吹いている。本当は知床五湖を廻るはずだった。それをお天気が悪いということで予定を変更したのである。皆、少しがっかりしていたところで、謎めいたガイドさんの誘いに再び好奇心の火がついた。

知床自然センターを起点に遊歩道を歩き始めた。この遊歩道は片道が約1㎞の比較的歩きやすい道で、解説を聞きながら歩くと往復で1時間位はかかるという。ミズナラ、ダケカンバ、ヤマブドウ等の木々の解説を聞きながら歩いていると、遠くのしげみに一頭のエゾシカをみつけた。このあたりはエゾシカだけではなくドングリやヤマブドウを目当てにヒグマもでるのだという。

ガイドさんは万が一の為といって、クマ撃退の唐辛子スプレー缶を見せてくれた。これが一番効果的だと言うが、内心まさかと思ってしまう。そんな解説を聞きながら、草原のような広い場所にでた。しかし、その頃には風が一段と強くなってきて、皆のダウンジャケットやレインコートのフードやマフラーが思い切りはがされていく。身を隠す大きな木々も見つからない。かなりの強風である。

私たちが向かったのはチカポイ岬に設置された展望台で、そこから滝を見るのだと言う。展望台が近づくにつれて、ガイドさんがその滝についての話を始めた。その滝の名前は「フレペの滝」と呼ぶのだそうだ。この滝は川から流れ落ちているのではなく、知床連山に降った雪と雨が地下を浸透してきて、断崖の割れ目からしとしとと流れ落ちてくるのだという。
そういった流れ落ちるさまが涙に似ていることから、地元では「乙女の涙」とも呼ばれているそうだ。やがて展望台に到着すると、そこからフレぺの滝の様子が見えてきた。目を凝らして滝の様子を見ていると、そのうち双眼鏡を持っている仲間が叫び始めた。

「ああ、滝が舞い上がっている、すごい、すご~い!!」
強風にあおられたフレぺの滝は落下していかず水しぶきが舞い上がっている。

その光景がまさに滝が上に落下していたのである。風の強弱、向きによって、あおられた水しぶきはゆらりゆらりと空中で身をくねらせており、乙女が涙をすすり上げる姿にも見えてくる。やがてそこに虹がかかった。何と言う自然のドラマだろう。
対岸には宇登呂灯台が静かにたたずんでおり、おごそかな世界を演出していた。小雨ゆえのこの風景、悪くない。

ガイドさんが言った。「お天気の時はまた、ここで素晴らしい風景をみることができますよ。このオホーツクの海の蒼さは特別です。断崖にはカモメのコロニーを見ることもでき、知床連山を背景にオオワシを見ることもできるのです。また、初夏にはエゾシカの群れに出あったり、キタキツネも顔を出しますよ」確かにこの遊歩道は森や草原を潜り抜け、展望台にたどり着くと目の前はオホーツク海と知床連山。
そして断崖絶壁の間にフレペの滝が現れる。まさに秘境知床のホットスポットの一つである。

しれとこで夢を買いませんか?

フレペの滝から戻ると私たちは落ち着いた平屋建ての建物に案内された。出発点の知床自然センターの敷地内にある「しれとこ100平方メートル運動ハウス」である。ひっそりとたたずんでいる外見の姿からは、乱開発の危機にあった知床を守るべく立ち上がった熱き思いが詰まった場所であることは想像しにくい。

「しれとこ100平方メートル運動」は斜里町の藤谷豊町長によって提唱されたナショナルトラスト運動で、日本の環境運動が盛んだった1977年に始まった。
「しれとこで夢を買いませんか」をキャッチフレーズに一人一口8,000円の寄付を募り、その寄付金で町が幌別・岩尾別地区の開拓離農地を買い取り、開発からこの地を守ったのである。
この運動に賛同した人々は全国に5万人、5.2億円が集まったそうだ。その後、植樹や森林再生、生態系復元運動等を展開しながら、今なお日本の自然保護運動の聖地の一つとなっている場所なのである。

「しれとこ100平方メートル運動ハウス」内には全国から寄付をしてくれた人たちの名前が刻まれた名札が壁いっぱいにかかっている。この知床をきっかけにナショナルトラスト運動は全国に広がり、やがて日本ナショナルトラスト協会が設立され、本家本元のイギリスのナショナルトラストとの交流も始まった。

1992年にナショナルトラスト本部事務総長のアンガス・スターリング夫妻が訪日すると、知床にも訪れこの運動を讃えてくれたのである。さらにこれをきっかけとして、IUCN(国際自然保護連合)の世界遺産委員会の副委員長のビング・ルーカス氏ともつながり、ついに知床は世界自然遺産の登録を果たしたのである。
このように、ここ知床は日本のナショナルトラスト運動発祥の地の一つであり、トラスト運動のリーダー的存在なのである。

ところで、ナショナルトラスト運動って何?ナショナルトラスト運動は1895年にイギリスで始まった市民による環境保全運動である。市民自らが自分たちの守りたい土地や建物を買い取り保全を続けて行く活動である。
イギリスでは自然及び文化遺産を守るために560万人のイギリス人がナショナルトラストの会員となっており、今やイギリス最大の土地所有者となっている保護団体なのだ。これをモデルとして北海道の斜里町でも乱開発から知床の自然を守るためにこの運動が起ったのである。

これを解説している私も実はこの熱き運動に賛同して「しれとこで夢を買いませんか」の夢を買った一人である。
寄付をすると土地の証書が送られてきて、その土地は斜里町によって管理される仕組みである。今でも大切に取ってある私の宝物だ。しかし、北海道のナショナルトラスト運動は実は知床だけではない。北海道は日本でも有数のナショナルトラストのメッカでもあるのだ。

この「知床・100平方メートル運動の森・トラスト」の他にも「霧多布湿原トラスト」、「阿寒湖畔の前田一歩園財団」、「オホーツクの森・小清水自然と語る会」、「日本野鳥の会」、「キナシベツ湿原を愛する会」等、まだまだ数えきれないほどのトラストが北海道の各地で活躍をしている。
実は北海道の美しい自然はこうした市民運動によって支えられており、これらのトラスト地はすべて素晴らしき北海道のホットスポットなのである。これらのトラスト物語の続きは又次回に。

See you again soon !!

椎名加奈子
北海道にはコロナ禍を除いて、ほぼ毎年数回はでかけており、特に北海道の国立公園に関心を持っています。今回は知床国立公園の「フレペの滝」について書いてみたいと思っています。