「宇宙展望台」と聞くと何を想像するだろうか。巨大な天文台でも宇宙関連の大がかりな施設でもない。

実は、知床半島の根元に位置する清里町にある、高さ12m4階建ての鉄塔展望台のことである。天体望遠鏡が設置されているわけでもなく、ただ12mの高さまで昇って、夜空を眺めるだけだ。ただ、ここの最大の特徴は、北海道らしく「まわりに何もない」ことである。つまり人工の光が邪魔をしないので、頭上に広がる迫力満点の星空がくっきりと見える。宇宙がすぐ近くにあるように感じられるから「宇宙展望台」というわけだ。

気が滅入ったときなど、星空を眺めて宇宙に想いを馳せるのはいかがだろう。壮大な宇宙に比べれば、人間の営みなど小さすぎて、くよくよ悩むほどでもないと晴れ晴れとした気持ちになれるかもしれない。夏の夜のペルセウス座流星群をここから眺めれば、流星による宇宙ショーを最大限に楽しめることだろう。ただし、満月の夜は、残念ながら月の光が強すぎて流れ星は見えにくくなる。そんな時でも、あたりを煌々と照らす月明かりに宇宙のダイナミズムを感じることだろう。

ところで「宇宙展望台」は12mもの高さがあるので、筆者のような高所恐怖症の人にはお勧めできない。もっとも展望台には昇らずに、地上から星空を眺めても充分満足がいく。宇宙の中では12mなんて距離は無いに等しいのだ。

もっとも地上にいたままでは「宇宙の鐘」を鳴らせない。この展望台には「宇宙の鐘」なるものが設置されている。せっかくだから、壮大な名前の鐘を鳴らしてみよう。空気が澄んでいるので、そのまま宇宙に届くかもしれない……とロマンあふれる想いに満たされる。

ところで、夜は星空がきれいだが、ここから眺める景色は日中も負けてはいない。斜里岳と知床連山を背景にして、農村地帯がパッチワークみたいに広がっているのが見える。その風景は1992年に全国農村景観百選にも選ばれたほどだ。心が癒されること間違いない。

さらに、オホーツク海まで見ることもできる。冬の流氷が美しく輝いているのを目にできるだろうと期待するけれど、残念ながら宇宙展望台までの道が除雪されていないため冬は行くことができない。北海道の冬は厳しいのである。

宇宙を身近に感じたら、次に自分たちの住む惑星に想いを馳せよう。「青いベールをまとった花嫁のような」地球の自然に触れるには、世界自然遺産の知床がまさにふさわしい。なかでも自然との共生を考えさせられるのが「知床五湖」散策である。以下、筆者の体験談。

「ヒグマと遭遇したら、どうすればいいか?」のレクチャーを受けて、ようやく知床五湖を巡る遊歩道に出られた。さあ、全周3キロの自然散策に出かけよう。知床連山や原生林を水面に映す五つの湖が待っている。

勇んで出発したが、実は臆病風に吹かれていた。ここはヒグマなど野生動物の棲息地であり、人間は闖入者にすぎないのだ。「ヒグマのすみかにお邪魔する」意識を持って謙虚に歩くよりない。レクチャーによってヒグマの出没状況(筆者が訪れた8月の水曜日は毎週のように親子熊が目撃されていたそうだ。水曜日に何かの用事があるのでは、ということだった)を理解したうえで自己責任で散策することになっているのだ。

ちなみに、ヒグマと遭遇した場合には「あわてず、騒がず、ゆっくりとヒグマから離れてください」とのことだが、そんなことが実際にできるかどうか自信はない。練習すらしたことがないので、ぶっつけ本番になる。とにかく悲鳴を上げたり走って逃げたりするのは最悪の選択らしい。ヒグマの方を向きながらゆっくりと後ずさりしてその場を離れるのが最善だそうだ。それでも、ヒグマが襲ってくることがある。そうやって攻撃された場合には、うつぶせになり、手で首や頭を守り、攻撃に耐えて、命だけは守り抜くようにとのこと。まったく、やれやれ、である。でも、それくらいの覚悟がないと自然とは向かい合えない。それが嫌なら仮想現実で満足するよりない。

いきなりの遭遇を避けようと、レクチャーされた通りに手を叩いて音を出し、ヒグマに人間の存在を知らせながら進んでいく。遊歩道が曲がって先が藪で見えない時は特に大きな音を鳴らす。命懸けでゆっくり慎重に進んでいく。そうやってびくびく怯えていたけれども、世界遺産の知床の自然は心に染み入る癒しとなっていた。次第に心が開放されて、散策が快くなっていく。手つかずの自然の雄大さに抱かれ、次第に野生動物との遭遇すら期待する自分がいた。小さなエゾリスが木から降りてきた時には歓声を挙げてしまったほどだ。

知床五湖は新婚旅行で訪れた地だ。30年を経て、今度は娘夫婦と一緒に再訪できるとは夢にも思わなかった。手をつないで歩く娘夫婦は仲睦まじい。まだ新婚4か月だ。まるで30年前の新婚ほやほやの私たちを見ているかのようだった。私も思わず妻の手を取った。
熱い思いに抱かれて、私たちは次に「神の湖」へと向かった。

アイヌ語でカムイトー(神の湖)と呼ばれる摩周湖は、湖に流れ込む川も湖から流れ出す川もない。周囲は急峻な崖になっていて人間が湖面に降りることを拒んでいるかのようだ。世界有数の透明度を誇り、吸い込まれそうな青い湖水は「摩周ブルー」と名付けられている。まさに「神の湖」の名にふさわしい神秘的な湖だ。

だから、この湖は人間の都合など忖度しない。せっかくの観光シーズンだというのに、夏は頻繁に霧に覆われ姿を隠す。遠路はるばる摩周ブルーを求めてやってきた人々に平気で肘鉄を食らわせる湖なのだ。

幸運にも、私と妻が新婚旅行で訪れた時は見事な全貌を披露してくれた。あれから30年、結婚したばかりの娘夫婦と一緒に摩周湖を再訪した。しかし今回は残念ながら、濃い霧が立ち込め、摩周湖はちらりとも目にできなかった。

でも、そのほうが良かった、と考えることにした。なにしろ「カップルで摩周湖を訪れて、霧で湖面が見えなければ、関係が長く続く」という言い伝えがあるからだ。さまざまな言い伝えがある(神の湖の面目躍如である)ので、自分が信じたいものだけを信じればいい。神の懐は深くて広いのだ。
娘夫婦が末永く睦まじく暮らしますように、と霧のなかで祈った。

もし澄み切った空気のなかで摩周ブルーを目に焼き付けたかったら、霧があまり発生しない冬季に訪れると良い。北海道の冬は美しいのである。

ところで、摩周湖の水が湧き出した池、と言い伝えられているのが「神の子池」。コバルトブルーに輝く池は、底までくっきりと見えるほど水の透明度がある。それでいて信じられないほどきれいな青い色の池。

神の湖と神の子池は必見だ。

SS
生粋の道産子ですが、暖かい場所に憧れて、大学は東京、就職は東南アジアと南へ南へと流れていきました。インドネシアで20年以上暮らして再び北海道へ。鮭が生まれ故郷の川に戻ってきたかのような気持ちです。
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