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結婚一年目―紙婚式

私の妻を見て、十勝の牧場で働く友が陰でこう囁いた。
「やっぱり二番人気を選んだのか?」
馬券を買う時、倍率が高いくせに当たったところで旨味が少ない一番人気をスルーするのが私の流儀だった。
「まあな」と曖昧に頷く私に友がウインク。
「一番人気より二番人気のが案外稼ぐんだぜ」

いいね! 北海道の牧場、馬達。

結婚三年目―革婚式

「三周年を祝うならあのホテル」と、妻が指名した函館の夜景が美しい思い出のホテル。最上階のレストランでフォーマルなドレスでおめかしした妻が首を傾げる。
「あの時と料理の味が違う。シェフが替わったのかしら?」
相変わらず新鮮な地元産の魚介類。変わったのは料理の味ではなく私達夫婦の方だと思う。ケチをつけながらも妻はスープ一滴残さなかった。

美味しいね、北海道の食。

結婚四年目―花婚式

富良野にて「俺、こんな男なんだけれど……」と遠慮がちに差し出すラベンダーの花束を、はにかみながら受け取ってくれた初々しい人はもういない。
「花婚式記念なんだから絶対枯らさないようにしようぜ」と、二人でその淡い紫色の花の苗を庭に植える。
「ラベンダーの花言葉は『不信感』と『疑惑』、お互いそれだけは避けようね」と妻。

香るね、北海道の花達。

結婚五年目―木婚式

「我儘でジコチュウで変わり者、典型的なB型、おまけに蠍座ときてる」と愚痴る妻に、函館大森浜(啄木が蟹と戯れた砂浜だ)を思い出す。折れた釘で二人のイニシャルを流木に刻み、「これが荒い海を越えて向こうの半島に辿り着いたら結婚しよう」と海に流した。

「あの流木、海を渡りきったかどうか」と感慨にふける私に、妻はソッポを向く。
「この目で確かめてから結婚すればよかった」

趣味も違えば、性格も異なる。二人の間には、津軽海峡よりも深い溝が横たわっていた。仮にあの流木が青森大間の岬に辿り着いたとしても、今頃はイニシャルもハートも朽ち果てているだろう……。
唐突に妻が母になりたいという。『海』という字に母が隠れていることに私は気づく。胎児を浮かべる羊水、きっとそれも塩辛いのだろう。

ノスタルジックだね、北海道の海。

結婚十二年目―亜麻婚式

妻が何本かの若白髪のために髪を亜麻色に染めた。息子のピアノの発表会にみっともないからと。

私は『亜麻色の髪の乙女』というフォークソングを思い出す。その歌詞は二人の在りし日を思い出させる。黄昏れる海、小樽港の突堤に並んで座った二人、一陣の風が吹いて少女の長い髪(真っ黒だった)が私の顔をかすめる。払いのけようとした左手に今も髪の感触が残っている。
「行ってきます」
妻の髪の色に、北海道のトウモロコシ畑が浮かんでくる。

心地いいね、北海道の大地を吹く風。

結婚十三年目―レース婚式

「リビングの模様替えをしたいのだけれど、いいかしら?」と、妻が私の顔色を窺う。
「別にかまわないが」と答えるが、私は不機嫌さを隠しきれない。妻が部屋を片付けるたびに私の大切なものが行方不明になる。

買い替えようとしているキャビネットの奥から裏さびれた松前の海岸で撮った写真が見つかって、そこには物より思い出を楽しむ若き日の私達がいた。

何気ない所にも旅情、いいね北海道。

結婚二十五年目―銀婚式

「おい、旅行にでも行くか」と、妻を誘う。

出掛けた先々で仲良く喧嘩する。「寒い、疲れた」を連発する妻。癇癪を起こして一人散策する五稜郭。傘も差さず、降り頻る粉雪を顔いっぱい浴びて戻ってきた私にコートの下から妻が缶コーヒーを差し出す。湯たんぽのようにそれで胸を温めていたのか、私のために冷めないようにしていたのか?聞くのは野暮、熱過ぎず甘過ぎず、自分には結局妻の体温くらいで微糖のコーヒーがちょうどいいと気づく。

人生を考えるにいい土地だ、北海道。

結婚四十五年目―サファイア婚式

「これ、ポリープじゃないの!」と、慌てる妻。病院から届いた私の人間ドックの結果に『胃噴門部隆起性病変疑い』とあったのだ。幸い、精密検査を受けたところ問題なし。

「どうだった?」と帰るなり尋ねる妻に「入院することになった」と暗い顔をする私。
「どうしましょう」と呆然自失の妻にあかんべーをした途端、胸に拳骨が飛んできた。
「バカバカ、何だかんだ言って、あなたを愛してるんだと思う。一人になるのはイヤ、お願い、長生きして、あなたのためじゃない、私のために」

還暦過ぎてから、孫と一緒に弾き語りをしたいとピアノ教室に通い始めた妻。

♪しれーとこーのみさきにーはまなすーのさくころー♪

息子がプレゼントしてくれた安物の電子ピアノで妻が弾く、まだ雑音のような調べを聴きながら、そう言えば――と私は思い出す。

職場の親睦旅行で京都を訪れ、小野小町に縁のあるお寺に立ち寄ったとき、「いい所ねえ。今度、奥さんを連れて来てあげたら」と同僚に冷やかされた私は首を横に振ったものだ。

女房と行くなら北海道に限る

そして今、こんなことを思うのだ。北海道稚内の山腹の墓地で見つけたシンプルな墓のように私達の墓碑銘は『夫婦の墓』――それで十分だと。
ありがとう北海道、ありがとう北海道の旅、コロナが収束したらまた会おう、北海道。

渡会克男
昭和24年愛知県生まれ。立教大学卒業後、平成27年3月まで千葉県内にて公立の中学校に教諭として勤務、現在無職。若い頃より旅好きで、とりわけ北海道を好む。
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