広尾線の面影を残す施設のひとつ、幸福駅とは?

以前、北海道の友人がいましたが、北海道出身でも出かけたことのない観光地は多いと話していました。
北海道の観光地を耳にすると・・・その友人のことを思い出します。
この幸福駅にも行ったことがなかったのだろうか?と。

目次

幸福駅とは

北海道帯広市にある、今は鉄道公園となっている幸福駅は1973年にテレビで紹介されたことがありました。
「愛の国から幸福へ」という切符が全国的にブームとなり、その人気は今でもとても人気のあるものです。

昭和62年には58年間続いた「旧国鉄広尾線」が廃線となったときに、幸福駅は鉄道公園となり、恋人たちの聖地に認定されています。
後に2013年9月に改修工事が行われ、リニューアルオープンされて、周辺には「愛の泉」シンボルツリー「幸福の木」が設置されました。

幸福鉄道公園には、旧幸福駅のプラットフォームが残されています。
線路の上には、旧広尾線の除雪車1両ほかディーゼル車2両の計3両が展示されています。

これらは、旧国鉄・広尾線の面影をそのまま残す施設の一つで、単線の線路は幸福駅のエリア内で存続しています。
スプリング硬めの対面式座席が並ぶ、車両内は見学自由です。

幸福鉄道公園の駐車場には売店があり、幸福駅の切符やキーホルダーなどを購入できるようになっています。
1987年に広尾線は廃線になり、駅舎も廃駅される予定でした。しかし、駅名の縁起のよさや幸福駅ブーム以降にも観光客が訪れることから、配線後にも観光地として存続することになったのです。

北海道の観光ポイントとしての幸福駅は人々に幸せを実感してもえらる駅として生まれ変わっています。

幸福駅の歴史

幸福駅の歴史はアイヌ民族に由来しています。もともと、アイヌ民族によりサツナイと呼ばれる地域で、サツナイとは「乾いた川」を意味しており、近くを流れる札内川のことを示しています。
入植者はサツナイに「幸震」という漢字を充てて「ナイ」が地震がないようにということを意味しそれに由来しています。
なぜ、駅の呼び名に「幸福」という呼び名が付けられたかというと、それは福井県からの入植者が多かったことからです。

幸福駅の鉄道駅としての活動は約21年足らずでしたが、存続を求める声が多かったことから観光ポイントとして新たに整備されたものです。

1973年3月には、NHKの紀行番組「新日本気候」で幸福駅の駅名は全国的に知れ渡りました。
東京でアイデア雑貨を営む人により、「愛国から幸福行」という駅区間切符が一般販売されるようになりました。

鉄道公園内には「幸福駅願い事館」があり、幸福駅の人気スポットとなっています。基本的には閉館しているこのスポット、開館時に訪れた人たちはまさに幸運といえます。
館内には願い事を書き残していける場所があり、願い事札を購入して鐘を鳴らすことで願い事成就を祈願できるようになっています。

夜にはライトアップされてロマンチックなムードが漂います。

幸福駅プラットフォームは旧国鉄・広尾線の面影を残す施設のひとつです。乗降口のみ木坂スロープは新設されましたが、バリアフリー構造に作り替えた以外は昔のままの保存となっています。
プラットフォームは、撮影スポットのひとつとして幸福駅ガーデンの風景が眼前に広がっています。

ぺんちゃん
自宅でブログ記事などを書いています。
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