稚内市ロシア人通訳女性行方不明事件の謎

2001年北海道稚内市で、通訳見習いのロシア人女性が行方不明になりました。
職場の社長と知人男性は、お酒を飲んだあと車で買い物に出かけたと証言。しかし、同僚によれば「彼女はお酒に弱く、飲酒後の運転は考えられない」と。

女性は車ごとどこへ消えたのか、彼女の身に起こった悲劇とは。
未解決となった闇に迫る「稚内市ロシア人通訳女性行方不明事件」の真相を追います。

目次

事件概要

2001年7月2日夜、北海道稚内市にある貿易会社の事務所から、ロシア人通訳見習いのユーリャ・ブロードスカヤさん(当時19歳)が姿を消しました。

ブロードスカヤさんは社長や知人男性とお酒を飲んだあと、車に乗って出かけたまま失踪。両親から捜索願が提出された警察は、家出と事故の両面から捜索したものの、行方につながる手がかりは得られません。

そこで11日後の7月13日公開捜査へ踏み切るも、有力な目撃情報は寄せられず、消息が途絶えたまま時間だけが過ぎていきました。しかし、「お酒を飲んだあとは運転しない」という証言と、残されたパスポートを含む貴重品から家出や事故ではなく、何らかの事件に巻き込まれたと判断されたのです。

その後、ロシアのサハリン州にある実家へ、日本人女性から電話がありました。けれど、家族は日本語を理解しておらず、何を話しているか確認できません。
さらに友人宅へは、本人が泣きながら「ウラジオストク出身の女性と一緒に監禁されている」「イクトカ17番地にいる」と連絡も入ります。

ところが、これらの手がかりを追っても彼女を発見できなかったのです。

深まる謎 

失踪2週間ほど前の6月14日午後11時40分、稚内市にある貿易会社で発砲事件が発生しました。
このときロシア人男性を含む3人が死傷し、被害に遭ったウクライナ人女性によれば「犯人はロシア語を話す若い男だった」と。
しかも犠牲となった男性はブロードスカヤさんの知人、アレクサンドル・ミハイレンコさん(当時37歳)。ただし、彼女と彼の関係性は判明していません。

ここからは憶測になりますが、2人はある程度の言葉を交わす間柄。
だとすれば、ブロードスカヤさんの身に何が起きたのでしょう。

手がかり1【イクトカ17番地】

「イクトカ17番地」という地名は、日本に存在しません。
そのためこの地名は、ロシアのものと考えられます。

この言葉を耳にした友人の聞き間違いと仮定し、候補にあげられる街は3カ所。
ロシア中央に位置する「クラスノヤルスク地方」の「イガルカ」。
モスクワ州にある「イストラ」。
もしくは、サハリン州にある「ユジノサハリンスク」。

この街では、通り名と番地の数字で住所を表記します。

それを踏まえると「イクトカ」とは「ユジノサハリンスク」にある俗称、あるいはお店の名前ではないでしょうか。

手がかり2【貿易会社】

はっきり報じられていませんが、発砲事件のあった会社はブロードスカヤさんが働いていた職場かもしれません。
この事件で亡くなったロシア人男性ミハイレンコさんは、マフィア組織のナンバー3。

彼の所属する組織は、3年前にサハリン州から稚内市へ拠点を移しています。それというのも、ロシアではマフィア同士の抗争が激しくなっていました。
そのため日本へ移動して、会社を起業。
表向きは蟹など海産物を取り扱う貿易会社、その裏で密輸などの活動を行っていたのです。

事件当日、組織のナンバー1は外出し、ミハイレンコさんはボスに間違えられ殺害されたのではないかと噂されました。このナンバー1こそ、ブロードスカヤさんが勤める会社の社長だった可能性があります。

すなわち彼女の失踪は単なる行方不明ではく、マフィアが絡んだ発砲事件と関係しているのです。もちろん他にも考えられますが、これだけ条件がそろう事案は見当たりません。
仮に事実だとすれば、ブロードスカヤさんはマフィアの抗争に巻き込まれたのではないでしょうか。

想定される結論

あくまでも飛躍した考察ですが、想像してください。
あの日ブロードスカヤさんは、社長(組織のナンバー1)に頼まれて出かけました。ただし、彼女はマフィアと関係ありません。
「お酒を飲んでいた」というのは証言だけなので、事実かどうか横に置いてください。
(当時は「少しくらいなら」という認識だったかもしれません)
そして買い物へ出かる途中、社長と間違われて敵対組織に連れ去られます。

乗っていた車は、彼女のものではなく社長の車。
相手のマフィアは前回失敗しているので、今度は1人のときに狙おうと襲ったのでしょう。
けれど運転していたのは、社長ではなくブロードスカヤさん。しかし、ここでひき返せないので、彼女を人質として誘拐したのではないでしょうか。
そして車ごとロシアへ連れ去ったのです。

実家へ連絡してきたのは、身代金を要求する電話。
日本人女性は、マフィア組織に所属していた人物かもしれません。
友人宅へは、犯人の隙をみてどうにか連絡した状態でしょう。
銃殺されたミハイレンコさんは、彼女の上司だったのではないでしょうか。

「誰にも目撃されずロシアへ行けるのか?」という疑問も浮かびますが、稚内市からサハリン州へは頻繁に貨物船が運航されていました。
そのためセキュリティの厳しい空路ではなく、積み荷として誤魔化せる貨物船を利用。
車ごとロシアへ移送したとしても否定できません。

根拠はもう1つ。
発砲事件の翌日、自称軍人でフランス国籍の男(当時30歳)とロシア人を含めた3人が、新千歳空港から羽田空港へ向かう航空機に搭乗。
犯人とする証拠はありませんが、のちに首都圏で身柄を確保されています。

関与が確認できなかったことで釈放されたものの、おそらくこの3人は犯人。
ブロードスカヤさんの場合は車もあったため、貨物船を使ったと考えられます。

事件の顛末

人質として誘拐された以上、交渉に応じなければ命は保証されなかったでしょう。
裏社会の出来事なので、例え無事でも表に出てくることはありません。

その反対に消されていたとしても、ブロードスカヤさんは行方不明のまま。
いずれにしても彼女は、ロシアへ連れ去られたと推測されます。

※画像はイメージです。

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