何かに引き寄せられるように川を上った若者は、悲しみを抱えた家族が住む家にたどり着きます。
さらに川を上った若者が山奥で出会ったのは、木ぼりのオオカミに守られた美しい女でした。
ふたつの出会いが、はなればなれの家族を結び合わせた不思議な導きの物語です。
心の声に導かれてたどり着いたのは
この物語の主人公は、石狩川のほとりに暮らすアイヌの若者です。
ある年の秋、川へサケを獲りに行った若者は、川上へ行ってみたくてたまらなくなります。どんどん進んでいるうちに、日が暮れてしまいました。ちょうど近くに村があったので、村の中でも特別大きな家に泊めてもらうことになります。
その家に住む家族は親切な人たちでしたが、なぜか悲しげです。外には、クマの頭の骨が並べてありましたが、狩りをしている家ならあるはずの新しい骨もありません。
食事を終えて横になった若者ですが、夜明けとともに家を出ました。さらに川上へ行ってみたくて、しかたがなかったのです。
内なる声に導かれて若者がたどり着いたのは、山奥の小さな一軒家でした。
その家には、美しい女と幼い子どもが暮らしていました。
不思議に思って若者が訊ねると、女は答えます。子どもが生まれる前、夫の父にここへ連れて来られ、置いていかれたのだと。心の優しい夫の父が、なぜこのようなことをしたのか、女にはわからないと言うのです。
この家には、毎晩、クマがやって来ます。でも、今まで殺されずにすんだのは、木ぼりのオオカミが守ってくれたからだと女は言いました。木ぼりは、兄がお守りにと作ってくれたもので、子どもの頃から肌身離さず持っていたのだと言います。
その夜、クマが来て、オオカミと戦うのを若者は見ました。クマが近づいてきたとき、若者は弓を射てクマを倒します。
そして、女とその子を、家族の元へ返してあげたのでした。美しい女は、若者が途中で泊めてもらったあの家の家族だったのです。
人に恋をした人間味あふれるクマの神
美しい女は、夫の父にだまされて、山奥に連れて来られてしまいました。なぜそんなことになったのか、それは、クマの神がこの女に恋をしてしまったからでした。クマの神は、女を自分の妻にするために、夫の父に魔法をかけ、女を連れ出させたのです。
しかし、オオカミが邪魔をして、クマの神は家の中へ入ることができませんでした。
若者は、クマを倒した後、夢の中でそのことを知ります。
自分の恋を実らせるために力ずくで相手を連れ出すなんて、何とも強引な神です。ちょっと人間くささも感じます。さらにクマの神は、若者に敗れると、自分の非を認めてあやまるのでした。
神であっても人に恋をし、間違いを犯し、許しをこう…アイヌの神とは、絶対的な正しい存在ではないことがわかります。むしろ、私たちと同じ弱さを持ち合わせていて人間味にあふれていますね。
さて、女とその子を家族の元へ送ったあと、若者は村人たちを連れて、山奥へ戻りました。倒したクマを、かついで来るためでした。たとえ悪いことをしたクマであっても、祭りを催し、魂を丁寧に神の国へ送り返すのです。
ふたつの出来事とふたつのテーマ
物語の最後は、りっぱなひげのおじいさんの言葉で締めくくられます。そのおじいさんは、物語の語り手、主人公の若者が年をとった姿でした。この絵本のストーリーは、おじいさんが若い頃に体験したことを語っているというスタイルになっているのです。
おじいさんは言います。石狩川の川上へ行きたくなったのは、困っている人を助けるためであったと。
川上で、悲しみを抱えた家族と出会い、さらにその先で、家族からはなればなれになった女と出会うのも、何かの導きによるものだったのでしょう。
そしてもうひとつ、忘れてはいけないのが、木ぼりのオオカミの存在です。木ぼりのオオカミは、連れ去られた女が大切にしていたもので、兄が妹のために心をこめて作ったお守りでした。
アイヌの人々は、自分の手で作った四つ足で頭があるものはすべて、魂が入っていると考えていたそうです。特に良い心をもった人が思いをこめて作ったものには力があり、持ち主を守ってくれるのだと言います。
「わたしたち アイヌが、こころを こめて ほったものは、どんな ちいさなものでも、大切に するのだよ。」
おじいさんは、最後にこう語ったのでした。
絵本を開くと見えてくるアイヌの心
この絵本の作者は、アイヌ初の国会議員であり、アイヌ文化研究者でもある萱野茂さんです。絵本のもとになっているのは、北海道の先住民族であるアイヌの民話です。萱野茂さん自身も、アイヌ語を母語として育ち、おばあさんからたくさんの民話を聞いたのだと言います。
アイヌの人々は、文字の文化を持ちません。民話は、口伝えで語り継いできたのです。
アイヌの口承文芸には、神謡、英雄叙事詩、散文説話があります。神謡や英雄叙事詩は神や英雄の物語ですが、散文説話は人々にとって身近な話を語った昔話となっています。この「木ぼりのオオカミ」は散文説話に分類されるものです。物語を聞いて楽しむというだけでなく、そこには教訓が含まれています。
この絵本に登場する美しい女も、木ぼりのオオカミを大切にしていたからこそ、命を救われました。また、悪いことをしたクマは(たとえ神であっても)罰せられてしまうのです。
アイヌの人々が守ってきた精神が、絵本を開くと見えてきます。
はなればなれになってしまった家族を引き合わせるために奮闘する若者の優しさにも、心打たれますね。
この絵本は、開くたびに、教えられることがあるような気がします。新たな発見もあるかも知れません。
一度や二度だけではなく、何度も味わいたい絵本です。
(C) 萱野 茂 文/斎藤博之 絵 小峰書店
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