北海道のほぼ中央に位置する剣淵町は、「絵本の里」として知られています。その中心にあるのが、1991年8月に開館した「絵本の館」です。
館内には4万5千冊を超える蔵書があり、その多くを絵本や児童書が占め、約1,000点にも及ぶ絵本原画やイラストなども収蔵されています。
しかし、もともと剣淵町が絵本で有名だったわけではありません。
この町が「絵本の里」と呼ばれるようになった始まりは、一人の版画家と児童書編集者が何気なく口にした言葉だったのです。
南フランスのような風景
1988年のことです。
剣淵町を訪れた士別市在住の版画家と、道外の児童書出版社の編集長は、町の風景を見て強い印象を受けました。
広々とした畑がどこまでも続き、その向こうには緩やかな丘陵が広がっています。空は大きく、人工物は多くありません。北海道らしい雄大な農村風景がそこにはありました。
二人はその景色を眺めながら、「まるで南フランスの田園風景のようだ」と語ったといいます。
そこで編集長は、「こんな景色の中に絵本の原画を展示する美術館があったら素敵ですね」と。
今振り返れば、この一言がすべての始まりでした。
もちろん、その場で具体的な計画が決まったわけではありません。けれども町の関係者にとって、その発想はとても新鮮だったのです。
農業の町として歩んできた剣淵町に、「絵本」というまったく異なる視点が持ち込まれた瞬間でもありました。
町の人たちが動き始める
当時の剣淵町は、多くの地方自治体と同じように人口減少や地域活性化という課題を抱えていました。
そんな中で持ち上がった「絵本による町づくり」という話は、一見すると少し突飛にも思えます。
ところが、このアイデアに魅力を感じた人たちがいました。
中心となったのは商工会青年部のメンバーです。
せっかくなら本当にやってみようという思いから活動が始まり、1988年には「けんぶち絵本の里を創ろう会」が発足しました。
最初から大きな施設があったわけではありません。
まず行われたのは絵本原画展の開催でした。
原画展には町民だけでなく近隣地域からも人が訪れます。絵本で見慣れたイラストが、実際には大きな紙に描かれ、細かな筆づかいまで見ることができることに驚く人も少なくありません。
「絵本は子どものもの」というイメージを持っていた人たちも、原画の持つ芸術性や魅力に触れることになり、こうして少しずつ、絵本への関心が町全体に広がっていったのです。
絵本の館の誕生と発展
活動が続くにつれ、「絵本をもっと身近に楽しめる場所がほしい」という声も高まっていきました。
そして町民の熱意や行政の支援、多くの関係者の協力が実を結び、1991年8月についに「絵本の館」が開館します。
館内では絵本を読むだけではなく、原画展や講演会、読み聞かせ、さまざまなイベントが開催されるようになりました。子どもたちが本と出会う場所であると同時に、大人が絵本の奥深さを再発見する場所にもなったのです。
開館後は町の教育活動や地域行事にも絵本が取り入れられ、「絵本の里」というイメージが少しずつ定着していきました。
やがて「けんぶち絵本の里大賞」も始まり、全国から注目を集める文化事業へと発展していきます。
今では町のシンボルとなっていますが、その原点には、何気ない会話、インスピレーションを受けて実現しようとした人々の行動力があったからこそなのです。


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