私は通信関連の会社に勤めており、主に通信設備の工事に関わる業務を担当しています。
現場は日本全国に及び、市街地だけではなく、過疎化が進んだ地域、山奥、海沿い、孤島へ行くことも珍しくありません。
これは数年前に釧路へ出張した時の話です。
北海道へ
会社から、次の現場が北海道の釧路になると伝えられたとき、私は嬉しくなりました。
仕事とはいえ、北海道です。
頭に浮かんだのは、やはり海産物で、仕事の合間にうまいものが食べられるだろう。
そんな事を期待をしていたのです。
その話を夕食の時に家族にすると、「じゃあカニでも送ってくれ」などと冗談混じりの会話が飛び交い、ちょっとした旅行の話題のように盛り上がりました。
ところが、祖父だけは笑っていません。
祖父は急に真顔になり、私にこう聞きました。
「現場は、山の方か?」
突然の質問に、私は戸惑いました。
正確な場所までは聞かされていませんでしたが、現場はだいたい山間部に入る事が多いのです。
「たぶん、山の近くだと思う」
そう答えると、祖父は少し間を置いてから、はっきりした口調で言いました。
「その辺りはヒグマが出る。十分気をつけろ」
正直、そのときは大げさだと思いました。
クマといっても山に入れば遭遇することもあるだろう、という程度の認識でした。
祖父に言われたことが気になって調べてみると、印象は一変しました。
体格は本州でも時々みかけられるツキノワグマよりはるかに大きく、体重は二百キロを超える個体も珍しくない。
実際に人身被害も発生しており、場合によっては命に関わるの事を知ったのでした。
北海道での仕事
北海道に到着したのは春でした。
ヒグマは冬眠している時期ではないため、山間部では遭遇する可能性があります。
現場は山の奥地にあり、最初のうちは祖父の言葉を思い出して、作業中は周囲には常に気を配っていましたが、だんだん慣れてくるとすっかり忘れてしまいました。
そうして日々の業務を続けているうちに時間は過ぎ、出張も終盤に差しかかり、地元の先輩が「そろそろ雪が降るかもしれない」と話していた頃。
ある朝、会社の寮で朝食をとっていると、
「今の時期は気をつけた方がいいぞ。冬眠前だから、山ではヒグマに出るかもしれない」
なんて笑いながら話してきました。
その時は「それはやばいっすね~」と返したぐらいだったのですが、忘れていたヒグマの事を思いだしたのです。
現場に到着すると、入口にいた警備員の方から声をかけられました。
「昨日、別の通信会社の人がここで作業していたんですがね。すぐそこの林のところで、大きな足跡を見つけたそうです。ヒグマかもしれないから、気をつけてください」
その話を聞いた瞬間、それまで遠い存在だったヒグマが、急に現実のものとして近づいてきた気がしたのです。
クマだったのか?
作業場所は、そこからさらに山の奥に入った場所で、周りには木以外にはなにもありません。
不安を感じながらも作業を進め、夕方には無事にその日の仕事を終えることができました。
機材の片付けをしていたときです。
突然、背後の茂みから
「ガサガサッ」
と、大きな音がして、奥の茂みが揺れています。
特定の箇所しか揺れていないので風ではないとすると、姿は見えませんが動物であると思います。
「これはヤバいかもしれない」
そう思い、手早く機材をまとめて、逃げるようにその場を離れて会社へ戻りました。
結局、あの物音の正体が何だったのかは分かっていません。
ヒグマだったのかもしれませんし、鹿など別の動物だった可能性もあります。
北海道の山で仕事をするということの怖さを、身をもって実感した出来事でした。
※画像はイメージです。


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