優しさにほっこり…思いやりの心を伝えるアイヌの昔話「アイヌとキツネ」
アイヌには、たくさんの民話が伝えられてきました。今回は、自然を敬い動物たちと共生してきたアイヌの、優しさに満ちた心あたたまる昔話をご紹介します。
アイヌの伝承から生まれた絵本
タイトルの通り、「アイヌとキツネ」に登場するのはアイヌの人々と1匹のキツネです。
この絵本は「キツネのチャランケ」というアイヌの伝承が元になっています。
絵本の作者はかやのしげる(萱野茂)さん。アイヌ初の国会議員で、アイヌ文化研究者です。アイヌ語を母語として育ったというかやのしげるさんは、アイヌ文化の保存と継承に務め、民話集などの著書を残されています。
「アイヌとキツネ」は、ひとりのアイヌの老人によって語られる物語です。
老人は、若い頃は狩りをして暮らしていましたが、年老いた今は家の中で道具を作って暮らしています。その日も、老人が仕事を終えて床につくと、遠くから声が聞こえてきました。
気になった老人が外へ行ってみると、1匹のキツネが、人の言葉を話しています。どうやら神さまとアイヌの人々に向かって、「チャランケ」と呼ばれる「談判」をしているようなのです。
聞いてみると、キツネはアイヌたちが獲った大量の鮭の中から1匹だけ失敬したとのこと。ところが、アイヌたちはひどく怒り、キツネに悪口を言ったのだそうです。しかも、それを聞いた他の神々によって、キツネはこの場所から追い出されてしまうことに。
それで、キツネは悲しそうに、「シャケはアイヌがつくったのでも、キツネがつくったのでもない。神さまがつくったのだ」と訴えていたのです。
それを聞いた老人は思います。「キツネの言うことが正しい。シャケは、アイヌだけが食べるものではなく、他の動物たちも食べられるよう神さまが与えてくれたものなのだ」と。
朝になると老人は人々を集め、キツネのチャランケのことを話します。そして、キツネの神さまにお詫びをしたということです。他の神々もこのことを知り、キツネは、その後もアイヌの国で暮らせるようになりました。
キツネの叫び・・・チャランケとは?
「チャランケ」というのは、アイヌの言葉で「談判」という意味だそうです。
月夜に川のほとりで目に涙を浮かべ、懸命に訴えるキツネ。静けさの中に響くキツネの声が聞こえてくるようで、涙を誘うシーンです。
民話絵本などを数多く手掛けるいしくらきんじ(石倉欣二)さんが描くキツネは、存在感があり、読者の心を打ちます。
アイヌの人々は、紛争が起こった際には、チャランケによって、問題を解決してきたのだそうです。チャランケは、ときには何日もかかることがあったといいます。それでも、武力ではなく対話を大切にしてきたのです。
北海道の方言でも「チャランケ」という言葉があるとのことですが「文句」や「難癖」という意味で使われるのだといいます。アイヌの「チャランケ」とは、意味が変わってしまったようです。もともとは力での争いを回避するためのものだったのに、何だか残念な気がしますね。
「仕返し」ではなく「訴える」こと
一生懸命、チャランケをするキツネに対して、お詫びをするアイヌの人々。キツネが、住む場所を追い出されずに済み、ほっこりする終わり方でした。語り手の老人の、他者を思う気持ちには心があたたかくなります。
しかし、現実的には、平和を保つということは困難なことです。1匹のキツネがたった1匹の鮭を盗んだだけで、激怒する。そんな本質が人間にはあるのではないでしょうか。そのために、キツネがよそへ追いやられてしまったら…。こんな理不尽、世の中にはいくらでもありそうです
怒りには怒りで、力には力で対抗してしまうのが世の常。これではいつまでたっても、平和的解決は見いだせないでしょう。しかし、アイヌの世界は違います。キツネの声に、しっかりと耳を傾けるのです。そして、考えます。アイヌの老人は、キツネの言うことが正しいということに気づけました。自分たちが間違っていたことを認めたのです
キツネの方も、アイヌの人々に対して、仕返しをしようとはしませんでした。ただただ、自分の思いを訴えたのです。
アイヌの精神には、世界に平和をもたらすヒントがつまっている気がします
自然を守り平和を保つための道しるべ
さて、この絵本を読むときに、胸がチクリと痛むのは私だけではないはず。多くの場合、人間たちはキツネの声に耳を傾けたアイヌの老人のようにはなれないからです。また、力ではなく言葉で訴えたキツネのようにもなれないでしょう。
この絵本のラストは「だから、いまいるアイヌたちよ。魚や木の実は、けっしてにんげんだけがたべるものと かんがえてはいけません。どうぶつたちと なかよくわけあってたべるのです」と締めくくられています。アイヌの老人がこの世を去るときに遺した言葉ということです。
世界は人間だけのものではないこと、力ではなく言葉で問題を解決すること、「アイヌとキツネ」からはそのふたつを教えられます。ただの昔話絵本ではない、深く考えさせられる絵本です。
この絵本が、今を生きる子どもたちの元に届き、何かを感じ取ってもらえたらいいなあと願っています。これからの世界をよくするために、大切な一冊になりそうです。
(C) かやのしげる いしくらきんじ / 小峰書店
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