つきさっぷ郷土資料館 土地と軍事の歴史を学ぶ

住宅街を抜けると、木々の木漏れ日と小鳥のさえずりの中にレンガの建物が見えてきます。
4月〜11月の水曜日と土曜日のみの開館なので、入ることが出来るのが稀な資料館。
軍事やミリタリーが好きな方にはたまらないであろう、貴重な品々が眠っています。

目次

つきさっぷ郷土資料館とは

この資料館は元々、昭和16年に北部軍司令官官邸として建築されたものでした。
戦後は占領軍に接収され、その後、昭和25年から昭和58年までは北海道大学の月寒寮として使用され、その後は札幌市が国から譲り受けました。

その一方で、かねてから郷土資料館開設の働きかけを行なってきた、有志による月寒資料保存会の運動を、月寒地区町内会連合会が受け継ぎ、昭和60年から札幌市と協定を結び、開館したのがこの資料館です。

資料の収集や分類整理などは全て運営部員がボランティアの活動で行っており、その展示資料はおよそ4,000点ほど。
生活に根差したもの、古文書、旧軍隊に関した貴重な品の数々を間近で見ることができます。

つきさっぷと月寒

その昔、月寒川のほとりに住む人々は、この場所を「チキサニ」や「チキサブ」と呼んでいました。
意味は、我らが火をきるところ、火をきるもの、アカダモのあるところ、というものです。

明治4年、岩手県の人々が入植したのに伴い、開拓使はこの年の5月25日、この場所を月寒村(ツキサップ)と命名しました。
それ以来、明治35年に豊平村として合併するまで村名として「ツキサップ」と呼ばれ、合併後は豊平村字月寒、豊平町字月寒という形で引き継がれていきました。
しかし、人口が増加するに従い、「ツキサム」と略して呼称されるようになり、昭和19年に町議会で呼称を「月寒」とすることで現在にいたっています。

ちなみにこの資料館では、言葉も文化財という認識で、「つきさっぷ」と呼んでいます。

つきさっぷの歴史に触れる

入館の際は、玄関でスリッパに履き替えます。
さっそく中に入っていくと、入口を入ってすぐに昭和10年の月寒の様子が再現されたジオラマが展示されているので、当時の雰囲気を味わうことができることでしょう。

また、昔のおもちゃも多数展示されており、どこか懐かしい気持ちにさせてくれます。

さらに展示室に向かうと、様々な農機具から生活雑貨までが展示されており、とりわけ、木材を伐採する際に使用していたという手鋸の大きさには驚かされるほどです。
当時の生活の厳しさが垣間見えてきます。

当時の軍の歴史に触れる

二階では、ミリタリーや軍事マニアの方に嬉しい軍部の資料を見ることができます。

実際の陸軍で使用されていた制服や、身に着けていたヘルメットやカバン、そして歩兵銃や騎兵銃、軍帽や数多の勲章など、見ているだけでも圧巻の品々が展示されています。
しかし、軍の展示ということは、もちろん暗い一面も存在します。
召集令状(赤紙)や軍隊手帳など、考えさせられるような展示もされており、当時の生々しさが感じられますね。

第二次大戦の際にスターリンの北海道上陸を阻止するために戦った、樋口季一郎氏の私服やトランクも展示されています。
この辺りは、軍事マニアには堪らない場所ではないかと思います。

その後の生活の変遷

次の展示室に向かうと、どこからかラジオの音が聞こえてきます。
昭和に使用されていた懐かしの雑貨や生活用品が数多く展示されているこの場所は、レトロなものが好きな方々にとっては、見ていていくらでも楽しめる場所だと思われます。

さて、肝心のラジオの音についてなのですが、展示室の端にある「昭和27年式真空管ラジオ」から流れています。
流れている内容からして現在のものだったので、現役で稼働しているということになります。
この施設では貴重な資料をしっかり管理しているということが垣間見えるところです。

つきさっぷ郷土資料館

この資料館では、開拓の歴史から軍部の資料、在りし日の昭和の一面など、学ぶことが多くあって大変見応えがありました。
開館は11月まで、しかも、水曜日と土曜日のみ。
この時期のみ楽しめる展示を、ぜひ味わっていただきたいと思います。

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