シルエットロマンス

秋の夕暮れは早い。空は、あっという間に夜へと駆けていく。
東の空に浮かぶ満月を見て、恋する女たちはもの思う。
あの長い夏の一日を、ヒロインになって振り返るのだ。
そして、さよなら夏の日とつぶやくのだった。

二千二十一年、東京オリンピック、マラソン大会が来月に迫っていた。
七月十七日の札幌。
「暑いわねぇ。どこか涼しい所に行きたいわ」
きらきら太陽光が眩しい。手を日差し代わりにして、鳩が群れる大通公園の噴水を彼女が見ていた。
この日の札幌の最高気温は三十ニ度だ。異常気象のせい?最近は、札幌も三十度を超える日が珍しくなくなった。
「ちょっと遠いけどモエレ沼公園っていう大きな公園があるんだけど……」
「暑くないの?」
「ここより涼しいさ、日傘もあるし、夕方に行けば、大丈夫だよ」
僕は、彼女の持っていた日傘を車の後部座席に積み込むと車を北に向けて走らせたのだった。

食事をして、夕方五時過ぎ、公園に着いた。
北国の夏、日が半端なく長い。五時を過ぎても昼間のように明るい。今日の日の入りは、七時過ぎだ。しかし、北海道だ。明るくても、この時間になると、涼しい風が吹いてくる。はっぴ姿のよさこいチームが外に出て夕方の練習を始めた。それを見ながら屋内の日陰で、もう少しだけ涼しくなるのを、そして人が少なくなるのを僕たちは待っていた。

最近は人気スポットとなったこの公園、でも、六時を過ぎると人影もまばらになってゆく。

彼が私の手を握って、モエレ山じゃなくて、北側のプレイマウンテンの方に行こうと言った。
三角形の形をしたこの山、登山道は、東側から西側に向けて緩やかなカーブを描きながら登って行けるようになっている。道には真っ白なタイルが敷き詰められ、斜面はなだらか、私でも、ニ十分あれば頂上に着くと思う。
この登山道を、夕日を見ながらゆっくりゆっくり二人で登ったわ。
五分程歩いた頃、
「後ろを見てみない?」
彼が私の肩をポンと叩いて後ろを指さした。

そこには、足の長さを三倍にした私たちのシルエットがきれいに描かれていた。
まるで、縦長のスクリーンに写し出された映画のシーンのよう……。
相合傘のシルエット、手のひらを少し丸めて作ったハートマーク、前後に並べば、二人で抱き合うことだってできる。人のいない登山道は、私たちに時間を忘れさせてくれた。
夜の七時、日没の時間が近づいた頃、頂上まで登り、小樽の海に沈んでいく夕日を見た。

藻岩山から手稲山にかけての稜線が茜色から紫色に変わっていく。
言葉はいらなかった。肩寄せ合ってるだけで、彼の気持ちが伝わってくる。

太陽が沈んでも、山頂に吹く夏のさわやかな風に当たりながら、私たちは薄紫色に染まっていく札幌の町を眺めていた。
「帰ろうか?」
彼が私の手を握り立ち上がろうとした。
「ううん、まだここにいたい」
もう少しだけ、彼と夏の風を感じていたかった。
南の空に月が出ていた。
街中のビルに明かりが点いて、きらきら輝いていた。
ありがとう札幌の夏。ありがとうモエレ沼公園。

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