札幌市南区に位置する定山渓温泉は、「札幌の奥座敷」として親しまれてきました。
市街地からほど近い距離にありながら、四季折々の自然に恵まれ、とくに秋の紅葉や冬の雪景色は多くの人々を惹きつけています。
その定山渓温泉を歩いていると、ある事に気が付きます。
温泉街のあちこちに「かっぱ」がいるのです。
なぜ、定山渓温泉にこれほど多くのかっぱが存在するのでしょうか?
定山渓に伝わる伝承と、観光地としての歩みを手がかりに、その理由を探っていきます。
定山渓温泉のかっぱ伝説
定山渓には、次のような河童の伝承が残されています。
豊平川で釣りをしていた青年が、ある日突然、川底へ姿を消します。
それから一年後、その少年は父親の夢枕に立ち、「女河童に気に入られて結婚し、子どもと三人で幸せに暮らしている」と語ったといいます。
少年が姿を消した場所は、やがて「かっぱ淵」と呼ばれるようになったそうです。
物語としては穏やかで、救いのある結末です。
しかし、河童伝説全体の中にからすると、この話はかなり特殊な位置づけになります。
河童は本来、水辺の危険を象徴する存在であり、人を川に引きずり込み、命を落とさせるような恐ろしい存在として語られることが多いのです。
そもそも、カッパの存在は、口減らしで川に捨てられた子どもや、理不尽な事情によって命を落とした人々だと言われています。そうすると一般的な河童像と比べ、定山渓の河童はあまりにも温厚です。
人を害することなく、むしろ結婚相手として迎え入れ、家庭を築き、子どもまで持っている。
さらに、父親に対して夢枕で事情を説明するという人情的な配慮まであります。
ここまで丁寧な河童伝説は、正直あまり聞きません。
さらに冷静に考えると、別の疑問も浮かびます。
河童と人間が結婚し、子どもを作り、穏やかな生活を送るという設定は、かなり無理があると思います。
河童は人の姿に似ているとはいえ、水棲で甲羅を背負い、頭には皿を持つ姿です。
生物としての前提が大きく異なる相手と結婚し、子を成し、穏やかな家庭生活を送るというのは、どう考えても無理があり、現代的な感覚で言うなら、かなりの特殊性癖の話として受け取られても不思議ではありません。
それほどまでに、河童と人間の間には埋めがたい壁があります。
異類婚姻譚は、多くの場合、結末は幸福とは程遠いものです。
禁忌が破られ、正体が露見し、人間側が退治するという展開は決して珍しくありません。
それにもかかわらず、定山渓の河童譚では、そうした不都合な要素がすべて取り除かれています。
この不自然なほどの穏やかさは、河童が特別だったことを示しているわけではないのでしょう。
川で人が消えたという現実を恐怖や死としてではなく、納得できる形で受け止めたい。
人間側の意識的に整えたように思われ、そこに、この伝説の本質があるように思えます。

観光地としての定山渓とかっぱ
現在のように、かっぱが定山渓温泉の象徴として扱われるようになったのは、昭和30年代に入ってからのことです。
かっぱ伝説は地元の民話として存在していましたが、 観光として扱われる程の存在ではありませんでした。
戦後、温泉地の観光開発が進む中で、定山渓温泉もまた、独自の特色を打ち出す必要に迫られます。
同時期、登別温泉が「鬼」を観光シンボルとして成功を収めていたことも、少なからず影響を与えました。
そこで注目されたのが、定山渓に残るかっぱの伝説でした。
1956年(昭和31年)頃、温泉街に最初のかっぱ像が設置されます。
これをきっかけに、かっぱをモチーフとしたモニュメントや企画が次第に増えていきました。
1965年(昭和40年)には「定山渓かっぱ祭り」が始まり、 この祭りは2005年(平成17年)まで続けられました。
その中、二見公園に立つ「かっぱ大王像」は、かっぱ祭りの中心的なモニュメントとして制作されたもので、そのデザインを手がけたのが、漫画家のおおば比呂司氏です。
おおば氏は、ユーモアと親しみやすさを特徴とする作風で知られ、昭和期の大衆文化を支えた漫画家の一人です。
とぼけた表情と威圧感のない造形は、恐ろしい妖怪としての河童ではなく、楽しい存在としてのかっぱを意識したものだったのでしょう。
温泉街の各所に点在するカッパたちは「メルヘンかっぱ像」と呼ばれ、1991年(平成3年)頃に始まった企画で、札幌市民から公募したアイデアをもとに、道内外の彫刻家が制作したものです。
現在確認されている像は21体で、それぞれが異なるテーマを持ち、コミカルなカッパや、まるで人間の子供を思わせるリアルなカッパまであり、作家の個性が反映されています。
そのほか、「かっぱ家族の願かけ手湯」など、見るからに楽しげなモニュメントが次々と街中に作られ、PRキャラクターとして「かっぽん」と呼ばれるゆるキャラも登場しました。
かっぱの存在は、定山渓温泉の顔の一つとして定着していったのです。
ちなみにですが、「かっぱ家族の願かけ手湯」では、かっぱの頭の皿にお湯を入れ、口から出てくるお湯で手を清めながら、「かっぱ大王」の方角に向いて「オン・カッパヤ・ウン・ケン・ソワカ」と3回唱えて願い事をすると叶うらしいので、試してみてください。

問題になったカッパ
一方で、かっぱをめぐって議論が起きたこともあります。
全国の温泉地が参加した「温泉むすめプロジェクト」において、定山渓温泉もかっぱをモチーフにしたキャラクター「定山渓泉美」が設定されました。
問題となったのは、2021年11月のことでした。
今は変更されていますが、「定山渓泉美(じょうざんけい・いずみ)」の性格付けの中で「スカートめくり」を趣味とされていました。これは河童がいたずら好きであることと「尻子玉を抜く」という俗説と結びつけられ、「スカートめくり」に結びついたのでしょう。
昭和の時代であれば、子どものいたずら程度として受け取られ、笑い話で済んだのかもしれません。
しかし今では、そうした表現は無邪気な冗談として受け流されるものではなく、性搾取や性的対象化にあたるのではないかという批判を招くことになります。
この騒動は「定山渓泉美」単体の問題に留まる事はありません。
「温泉むすめプロジェクト」は、本来、地域振興を目的とした取り組みですが、その過程で話題性や注目度を意識するあまり、表現が性に近い方向へと寄ってしまった側面があったことも否めません。
結果として、キャラクター設定が見直しされる事態となり、観光振興と表現のあり方、そのバランスの難しさが改めて浮き彫りになったと感じます。
定山渓温泉のかっぱ
定山渓温泉のかっぱは、古くから語り継がれてきた伝承を背景にしながら、時代の流れの中を泳ぎ、温泉街の象徴として親しまれるようになりました。
温泉街の各所で個性豊かなかっぱ像を見ることができ、散策の途中に立ち止まって写真を撮るのも良いのですが、この物語の原点になった、かっぱ淵に訪れてみるのをお薦めします。
イケメンの方はカッパに引きずり込まれる・・・かもしれませんね?
定山渓温泉を訪れた際には温泉だけでなく、街角に佇むかっぱたちにも目を向けてみてください。
※画像はイメージです。


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