災いから身を守る…神を通して語られる教え「火の雨 氷の雨」

アイヌの民話に登場する神々には、人々を守る神もいれば、災厄をもたらす神もいます。
この絵本の語り手は、火の雨や氷の雨を降らせる神自身です。神の怒りを買ってしまった人々は、どうすればよかったのか…古くから伝わる、身を守るすべが、語られています。

目次

神自身の口を通して語られる神の物語「カムイユカㇻ」

アイヌ民族には、多くの口承文芸が伝わっています。文字の文化がなかったため、「書く」のではなく「語る」ことで、伝承されてきた文学です。語られる場の雰囲気や語り手の話し方などによって、同じ物語でもそれぞれに異なった趣があるといいます。

アイヌの口承文芸にはいくつか種類がありますが、今回はその中の「カムイユカㇻ(神謡)」の絵本をご紹介したいと思います。

作者の萱野茂さんは、アイヌ初の国会議員であり、アイヌ文化研究者でもありました。アイヌ語を母語とするおばあさんに育てられたそうで、アイヌの口承文芸を、おばあさんから聞いて育ったのでしょう。アイヌ文化の保存と継承に務め、民話集などの著書も残されています。民話のいくつかは、子どもが親しみやすい絵本として出版されており、「火の雨 氷の雨」もそのひとつです。

アイヌの口承文芸は、一人称で語られるのが特徴ですが、カムイユカㇻは神(カムイ)自身が、自分の体験を語るというスタイルの物語です。「火の雨 氷の雨」にも「カムイユカㇻ・アイヌの神さまが話したこと」というサブタイトルがつけられています。

生き生きと描かれたアイヌの里の風景と人々の暮らし

この絵本の語り手は、竜の神「カンナカムイ」の息子です。カンナカムイというのは、竜(あるいは大蛇)の姿をした雷の神といわれています。
天の国に住んでいるカンナカムイの息子は、アイヌの人々が暮らす「アイヌモシリ」を見たことがありません。アイヌモシリというのは、「人間の大地」を意味するアイヌ語で、アイヌの人々は自分たちの生活圏をこう呼んだそうです。

見たことのないアイヌモシリに行ってみたくてたまらないカンナカムイの息子。両親が止めるのも聞かずに、家を飛び出し、「シンタ」に乗って下界を目指してしまいます。シンタというのは、神の乗り物のことですが、アイヌの赤ちゃんのゆりかごでもあるそうです。産まれて間もない赤ちゃんは、神の国の者として扱われていたため、シンタに乗せて大切に育てられたのだとか。

さて、カンナカムイの息子が下界へ降りていくと、アイヌモシリが見えてきました。緩やかに流れる沙流川と岸辺の柳、川面にあふれんばかりの鮭の群れ。鮭を獲り、運ぶ人々。山の方では、人々は鹿を追っています。歌を歌いながらウバユリを掘っているのは、女たちです。美しい自然と活気ある人々の描写は、作画の石倉欣二さんの絵とあいまって、臨場感を味わうことができます。

カンナカムイの息子を怒らせた人々

カンナカムイの息子が人々の暮らす里の方へ降りていくと、それに気づいた「オキクルミ」が人々に呼びかけます。カンナカムイの息子のために祭壇の前に宝物を並べるよう、そして、働いている者は手を休めて音をたててはいけないと。

オキクルミは、アイヌの民話にたびたび登場する、アイヌの人々のそばで暮らす守り神です。人々はオキクルミに言われた通りにし、カンナカムイの息子はその村を通り過ぎます。
ところが、オキクルミの家来の「サマイュンクル」のいる村に近づいたときのことです。サマイュンクルもオキクルミと同じように人々に呼びかけたのですが、その村の人々は、サマイュンクルの言う事を聞きませんでした。

それに怒ったカンナカムイの息子は、火の雨、氷の雨を降らせてしまうのです。

神話として語り継がれる教訓

息子がアイヌモシリへ行きたいと言ったとき、神である両親は止めました。それは、短気な息子が行けば、イタズラ好きなアイヌの人々に対して何をしでかすかわからないからでした。

両親の心配は、現実のものとなりました。大きな力を持つ神です。ちょっと怒れば、村のひとつやふたつ、あっという間に壊滅してしまうのです。この村は、雷によって荒らされた、沙流川の上流の岩知志とされています。ここは平らな土地であるのにかかわらず、巨石がいくつもあるのだそうです。
この神話は、教訓めいています。神の忠告に従った村は無事でしたが、従わなかった村には災いが起こるという、昔話の要素も合わせ持っています。雷が鳴っているときは、静かにしているようにと、物語を通して人々に教えているのです。

それにしても、アイヌモシリを見たかっただけの神に村を滅ぼされてしまうなんて、何とも理不尽な話ですが、自然の脅威とはそういうものかも知れません。自然を敬うアイヌの人々が、身を守るために、このような神話として語り継いできたのでしょう。

この絵本を開くときに、人の力の及ばない自然の大きさと、自然との付き合い方を考えさせられるのですが、萱野茂さんは、この絵本の冒頭で、「ひとりでも多くの子どもたちが、このおおらかなアイヌの村里に思いをはせてほしいとねがっています。」と記しています。

絵本では、自然の脅威と同時に、アイヌの人々の暮らしも、生き生きと表現されています。
石倉欣二さんの描く鮮やかなアイヌモシリの風景も、私たちをカンナカムイの息子が見た世界へと誘ってくれることでしょう。

(C) 小峰書店 かやのしげる/いしくらきんじ

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

\ コメントくださ〜い /

コメントする

コメントは日本語で入力してください。(スパム対策)

目次