2004年6月、北海道函館市の住宅街。ひとりの高齢女性が自宅で死亡しているのが発見された。
現場はごく普通の民家。室内に荒らされた様子はなく、外部からの侵入も判然としない。
残された証拠は乏しく、決定的な手がかりは見つからなかった。
それでも、この事件にはいくつかの“違和感”がある。
なぜ争った形跡がないのか。
なぜ足跡は判別できなかったのか。
そして、なぜ事件は語られなくなったのか。
「東川町一家殺害事件」と呼ばれるこの未解決事件について、判明している事実と、そこから浮かび上がる疑問を整理していく。
事件概要
2004年6月20日午後4時頃。
函館市東川町の民家で、砂原イリさん(当時77歳)が倒れているのを、帰宅した家族が発見した。
イリさんは1階、階段下に設けられた縁側でうつ伏せの状態で発見され、救急搬送されたものの、その後死亡が確認されている。
司法解剖の結果、死因は首に巻かれていた布による窒息死と判断された。
死亡推定時刻は、同日午前10時から午後1時30分の間とされている。
イリさんは息子とその妻との3人暮らしだった。
一部報道では孫娘の同居も示唆されているが、事件当時、家にいたのはイリさんひとりだったことは共通している。
来客の予定も確認されていない。
家族が外出したのは、6月20日の午前10時以降。
まず息子の七崎隆夫さん(当時62歳)が仕事のため自宅を出て、その後、妻(当時52歳)も外出した。
正面玄関には鍵がかけられていた一方、裏口は開けられたままだった。
室内に物色された形跡や争った痕跡はなく、犯人の侵入経路は特定されなかった。
また、足跡もはっきり確認できず、警察は現場から有力な物的証拠を得ることができなかった。
なぜ足跡をはっきり確認できなかったのか
ここで一つの疑問が浮かぶ。
なぜ、これほどの事件にもかかわらず、足跡や侵入経路が特定できなかったのか。
イリさんが発見されたのは、1階の階段下にある縁側だった。
縁側は、和室と庭の間に設けられる空間で、大きく分けて二つの形式がある。
ひとつは、屋外に張り出した板敷きの縁側。
もうひとつは、建物内部に取り込まれ、掃き出し窓やガラス戸で庭と区切られた縁側だ。
現場の詳細な構造は公表されていないが、階段下という位置関係から、後者の形式だった可能性が高い。
もしそうであれば、庭側から直接声をかけることも、短時間の接触も可能だった。
犯人が室内に踏み込まなかった、あるいは最小限の移動で犯行に及んだとすれば、足跡が残りにくかった理由としては説明がつく。
導き出される人物像
ここから先は、あくまで状況からの推測になる。
彼女を殺害したのは、近隣エリアに住む顔なじみの男性である可能性が高い。
この人物像は、複数の状況を積み重ねることで浮かび上がる。
死亡推定時刻が示すもの
イリさんの死亡推定時刻は、午前10時から午後1時30分の間とされている。
事件当日の2004年6月20日は日曜日であり、この時間帯は多くの人が外出していても不自然ではない。
しかし、この時間帯に「イリさんは在宅している」と見当をつけて訪ねることができた人物は限られる。
偶然通りかかった第三者や、無差別に家を狙う空き巣であれば、在宅率の高い時間帯を正確に狙う合理性は低い。
実際、室内に物色の痕跡はなく、盗まれた形跡も確認されていない。
犯人の目的が金品ではなかったことは明らかだ。
つまり、犯人の目的はイリさん本人だった。
在宅時間を把握し、訪ねても不自然ではない関係性。
それが成立するのは、日常的に接点のある人物、すなわち顔なじみに限られる。
犯行に至る経緯
現場には争った形跡がなく、凶器も持ち込まれていない。
これは、犯行が事前に計画されたものではなかったことを示している。
昔から些細な不満があった。
あるいは、親切心から何かを申し出たものの拒否され、感情が逆撫でされた。
短いやり取りの中で口論へ発展し、怒りが制御できなくなった瞬間、犯人は衝動的に首を絞めた。
この流れであれば、準備のなさ、目撃情報のなさ、すべてが無理なく説明できる。
凶器となった布が意味するもの
凶器となった布の詳細は公表されていないが、現場に残されていた点を踏まえると、イリさん本人の所有物だった可能性が高い。
犯人が自らの犯行に結びつく凶器を意図的に現場へ残す合理性はない。
この事実は、犯人が最初から殺害を目的として訪れたのではなかったことを示唆する。
犯人は1人暮らしの男
事件後、犯人に結びつく噂や証言がほとんど出てこなかった点も見逃せない。
家族と同居していれば、事件当日に外出した事実や、帰宅後の様子の変化から、何らかの違和感を抱かれても不思議ではない。
突発的犯行であればなおさら、生活のどこかに歪みが生じる。
それでも何も浮上しなかったという事実は、犯人が誰にも行動を把握されない環境にいたことを示している。
近隣に住みながらも目立たず、干渉されない生活。
その条件に最も当てはまるのが、1人暮らしの男性だった可能性だ。
思いもよらない顛末
殺人事件の公訴時効は撤廃されている。
本来であれば、現在も積極的に情報提供が呼びかけられていてもおかしくない。
それにもかかわらず、この事件はほとんど語られず、ネット上でも詳細な情報を見つけることは難しい。
捜査資源の問題なのか。
証拠不十分という現実なのか。
あるいは、捜査の過程で限界が見えていたのか。
理由は明らかにされていない。
犯人がすでに亡くなっている可能性もある。
あるいは、今もどこかで何事もなかったように暮らしているのかもしれない。
確かなのは、この事件が静かに風化しつつあるという事実だけだ。
日常の延長線上で起きた、痕跡の乏しい殺人事件。
その答えは今も、誰にも知られないままだ。


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