函館旅行とカニと土方歳三

二十年ほど前の秋が始まったばかりの頃、当時大学生だった私と幼馴染の友人は、司馬遼太郎の『燃えよ剣』に夢中になっていました。
「土方歳三に会いに行こう」
今思えばずいぶんミーハーな動機ですが、それが函館への二人旅のきっかけでした。

目的はもちろん、土方歳三ゆかりの史跡を巡ること。今で言う「聖地巡礼」と同じ感覚です。
函館は土方歳三最後の地でもあり、関連する史跡を巡りつつ、朝市や夜景、洋館、修道院なども楽しもうと、ガイドブックを片手に二泊三日の旅へ出かけました。

目次

旅の始まり

大学生二人の旅ですから、予算は最低限。往復の航空券とビジネスホテルがセットになった、シンプルな格安プラン。でも、自由に歩き回りたい私たちには十分でした。

五稜郭などの史跡を巡ったあと、夜は函館山の夜景を見に行きました。くびれた地形が光で浮かび上がる景色は、写真で見るよりずっと印象的で、しばらく言葉を失ったのを覚えています。

帰りはすっかり遅い時間になり、周囲は真っ暗。慣れない土地で危険な思いをするのも良くない。
学生の身で予算オーバーではありましたが、夜景が見える展望エリアからホテルまではタクシーを使うことにしました。

「近くのビジネスホテルまでですが、いいですか?」と声をかけると、穏やかな表情の運転手さんが「いいよ~」と気前よく返事を返してくれました。
走り出したタクシーの中で、運転手さんは自然に話しかけてきます。どこから来たのか、学生かどうか、夜景の帰りは暗いでしょう、そんな他愛ない会話。

そのうち「どこを巡ったか」とか「函館滞在期間中にこれから行く予定の場所」「人気なお土産」というような話になり、私が「朝市でカニを買って家族に送りたい」と言うと、運転手さんは少し考えた後で、こんな事を話しました。

「朝市はね、観光地だから。カニも小さかったりするし、高いよ?」

「そっか~」なんてつぶやいていたら、「美味しいカニをお土産に送るなら、朝市もいいけれど、地元の人がよく使うカニのお店があるから教えてあげるよ。」といって、函館のカニ問屋さんの名刺を一枚渡してくれました。
「この店で僕の名前を言えば分かると思う。ちゃんとしたカニを、その場で茹でて送ってくれるから」

そんな話をするうちにホテルに到着し、ドライバーさんにお礼を言うと、「いいカニあるといいね。函館楽しんでね!」と言ってタクシーは去っていきました。

カニ

翌日。予定にはなかったものの、せっかく教えてもらった情報です。「行ってみようか」ということになりました。
スマホも地図アプリもない時代、名刺の裏に書かれた簡単な地図を頼りに歩くと、観光地とは雰囲気の違う、およそ地元の魚屋といった佇まいの店がありました。

私たち以外にお客さんはいません。店のいけすには、大きなカニが何匹も入っていて、のそのそと動いていました。
「ごめんください」と声をかけると、漁師さんのような中年の男性と、少し若い男性が対応してくれました。

「カニをお土産に送りたいのですが」と声をかけると、大学生二人組みの観光客が珍しかったのか、「うちの店、どうして知ったの?」と聞いてきます。

タクシーの運転手さんの名前を出すと「ああ、あの人ね」と、すぐに話が通じ、「どれにする?いけすから選んでいいよ」と、タモを持って一緒にカニを選んでくれました。
動いている大きなカニを別のケースに移しながら、「帰る日はいつ?その日にコレ茹でて、翌日到着するように送ってあげる。そうしたら、開けた瞬間に食べられるよ。」と手配してくれました。

その後、楽しい函館観光を続け、帰宅した翌日、自宅にカニが届きました。
あのときいけすで見たままの姿に感慨深く思いながら、家族にお土産話した後、結局みんな無言になって、ただカニを食べたことだけをよく覚えています。

土方歳三

私たちが函館に来た一番の理由は、土方歳三です。
『燃えよ剣』に夢中になっていた当時の私たちにとって、土方歳三は歴史上の人物というより、物語の登場人物に近い存在だったと思います。

函館は、その土方歳三が最期を迎えた場所です。
箱館戦争の末期、旧幕府軍がすでに劣勢となる中で、土方は逃げることなく前線に立ち続け、1869年、一本木関門付近で銃撃を受けて戦死しました。享年34歳。
自刃でも、劇的な最期でもなく、戦場で撃たれて終わったという、驚くほど現実的な最期だったことを、現地を歩いてから改めて知りました。

五稜郭や周辺の史跡を巡りながら、「ここまで来て、ここで終わったんだ」と思うと、物語として読んでいた土方歳三が、急に生身の人間として生きていた感覚がありました。
ロマンチックな英雄像よりも、負けが決まった戦いから逃げなかった一人の人間としての姿のほうが、なぜか強く印象に残ったのを覚えています。

ツーリズムと地元愛

今でこそ、観光地では地域全体で旅行者を迎える仕組みが当たり前になっていますが、当時の私には、タクシーの運転手さんと地元の店が自然につながっていることが、とても新鮮に感じられました。

「観光に来た人に函館を好きになって欲しい」という気持ちと優しさから生まれた、ささやかな親切だったのだと思います。この出来事以来、私の中の北海道は、「地元を大切にする人が多い、やさしい土地」という印象が今も残っています。

※画像はイメージです。

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