動物の神々が登場する「カムイ・ユーカラシリーズ」はアイヌに伝わる民話の絵本。
その中から、トドとヒグマの戦いを描いた絵本をご紹介します。
トドとヒグマの力くらべ
この物語の語り手は、海洋の神トド。体は大きく、ひげは立派で頭の良いトドの大将です。
自分が誰よりも強いと思っていたトドは、弱いものいじめをすることを、いちばんの楽しみにしていました。
ところがあるとき、カモメたちの会話から、トドよりも強いものがいるらしいと知ります。それは、山に住む山岳の神ヒグマでした。
自分が一番でなければ気が済まないトドは、ヒグマを探して陸を目指します。そして、ヒグマが住むという山にたどり着いたのでした。
力くらべをしようと言うトドに、ヒグマは最初、姿を現しませんでした。しかし、しつこく自分の家の前で大暴れをしているトドをこらしめようと、巣穴から出てきます。
トドとヒグマは、激しく戦いました。その戦いは、2年も3年も続いたということです。
その間、お互いの引きちぎられた肉が、小さなトドになり、ヒグマになり、散っていきます。
もとのトドとヒグマも、傷だらけになってしまっただけでなく、小さな体になってしまったのでした。
戦いの果てに得るものは…アイヌの教え
大きな姿をしていたトドとヒグマ。
しかし、トドもヒグマも、ケンカによって小さくなってしまったのです。
そもそもは、トドが自分よりも強いものの存在に我慢がならず、ヒグマに戦いを挑んだのが始まり。ケンカを売られた側のヒグマも、ついには応じてしまったのでした。
最初はトドの一人称だった文が、途中でヒグマに変わります。最後を締めくくるのはヒグマの言葉です。
無駄なケンカをしないこと、自慢しないこと、弱いものいじめをしないこと。「なにもいいことは、ないのだから」と終わっています。
それが、物語を通して伝えられてきた、これからを生きていく人間たちへの教えです。人間どうし、争いをしてもどちらも傷つくだけ。スケールの大きな神々の争いの物語から、私たちは小さな平和を守ることの大切さを学ぶのかも知れません。それがやがて、世界の平和につながることを願って。
ところで、「カムイ・ユーカラ」というのは、カムイ(神)自身が語り手となって自分の体験を語るアイヌの口承文芸ですが、「サケへ」と呼ばれる繰り返しの言葉が出てきます。
基本的にはカムイ・ユーカラ1編にひとつのサケへが使われているそうなのですが、語り手が変わるとサケへも変わることがあるようです。
「エタㇱペカムイ」では「カニユッチー ユッチ」というサケへが出てきますが、ヒグマの語りの部分では「フーレンナ フレー」という言葉に変わっています。サケへは本来、カムイ・ユーカラ全節で繰り返され、謡うように語るそうです。
節をつけて、音読や読み聞かせをしてみても楽しいですね。
版画で描かれた民話の世界
「エタㇱペカムイ」は、版画絵本「カムイ・ユーカラシリーズ」の1冊です。絵は木版画家・絵本作家の手島圭三郎さん。文は、アイヌ文化研究者の藤村久和さんです。
激しい戦いで、肉がちぎれ、飛んでいく様子は、文だけ読んでいると何とも恐ろしい情景なのですが、版画で描かれた絵本の世界はどこかユーモラスです。
決着がつかないまま、小さくなってしまうという結末を迎えたトドとヒグマ。夕暮れなのか秋なのか、鮮やかなオレンジ色の空のもと、色づいた木々の中でトドを見送るヒグマも、海へ帰って行くトドの背中も、物寂しいものがあります。
戦う前のトドやヒグマの、迫力ある姿と比べると、ちょっとかわいそうな気もしますね。
「エタㇱペカムイ~神々の物語~」(C) 藤村久和 文・手島圭三郎 絵 絵本塾出版


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