2009年、大雪山系のトムラウシ山で遭難事故が発生しました。
参加者は登山客15名とツアーガイド3名を合わせた18名。
そのうちツアーガイド1名を含む登山者8名が命を落としています。
なぜ夏山で遭難したのか?
語り継がれる「青モンベル伝説」とは何だったのか?
今回は啓発の意味も込め、「トムラウシ山遭難事故」を解説します。
事故の経緯
2009年7月13日、新千歳空港に集合した登山客は宿泊先へ移動。
翌14日午前5時50分に出発し、白雲岳避難小屋へ到着しますが、この時点で雨が降り始めていました。
7月15日も雨は止まず、強風ではないものの低温の状態が続きます。
約10時間をかけ、ようやくヒサゴ沼避難小屋へ到着しました。
事故が起きたのは、ここからです。
登山3日目の7月16日午前5時30分。
天候不良が懸念される中、気を引き締めて出発しました。
ところが、風速20m前後の冷たい強風が登山者を苦しめます。
さらに大雨の影響で沼や沢が増水し、通常の渡渉が困難な状態となっていました。
ガイドのサポートで渡渉はできたものの、ほとんどの登山者が全身ずぶ濡れになります。
この影響で女性客2名が体調を崩しました。
この状況に、男性客の一人が「これは遭難だ、救援を要請しろ」と声を荒げ、現場は一時パニック状態となります。
ガイドAさんが体調不良の女性客に付き添い、他のメンバーは先へ進む判断が取られました。
その後、別の女性客Bさんが意識混濁に陥り、男性客とAさん、女性客3名を合わせた計5名がビバーク(緊急野営)することになります。
午後12時頃、ガイドCさんと登山客10名は下山を継続しますが、数名が遅れ始めます。
女性客が「待たなくて良いんですか?」と声をかけたところ、「救助要請のため、早く下りる必要がある」と返答がありました。
以降は登山客同士で励まし合いながら行動することとなり、この時点で隊列は実質的に3つのグループへ分断されていました。
午後3時頃、ガイドCさんと女性客が標高1,724mの前トム平へ到着。
その一方、ビバークしていた5名のうち女性客1名が意識不明の状態となります。
ガイドAさんは救助要請のため、電波の入る南沼キャンプ場へ向かいました。
その途中、倒れている男性客を発見しますが、すでに亡くなっていました。
Aさんはテントや毛布などをビバーク地点へ運び、携帯電話から110番通報を行います。
しかし女性客2名は帰らぬ人となりました。
その後、警察や自衛隊による救助活動へとつながりますが、最終的に8名が犠牲となる結果に至っています。
なぜ助からなかったのか
事故原因として指摘できる点は複数ありますが、ここでは大きく3つに分けて解説します。
原因1:装備品の準備不足
登山2日目、ヒサゴ沼避難小屋へ到着した時点で、登山客の多くは濡れた衣類を十分に乾かせませんでした。
そのため、完全な防寒体制を整えられた人は少なく、濡れた装備のまま行動せざるを得なかった状況です。
予備の衣類を持っていた登山客もいましたが、全員ではありませんでした。
この状態で強風にさらされ、体温を急激に奪われたと考えられます。
また、ガイドによる装備確認が十分でなかった可能性も指摘されています。
装備を万全にすれば絶対に安全とは言えませんが、低体温症のリスクを下げることはできたはずです。
原因2:ガイドの経験不足
ガイド3名のうち、トムラウシ山の登山経験が確認されているのは1名(民間ガイド資格あり)のみでした。
残る2名についても登山経験はあったと推測されますが、詳細は公表されていません。
結果的に、登山客15名を引率する体制としては不十分だった可能性があります。
経験があれば必ず正しい判断ができるわけではありませんが、状況を予測し被害を最小限に抑えられた可能性は否定できないでしょう。
原因3:天候不良で中止する判断
登山3日目の7月16日、ラジオから「午後は晴れる」という天気予報が流れていました。
しかし予報はあくまで十勝地方のものであり、山岳地帯の天候を保証するものではありません。
2日目までの悪条件を振り返れば、天候悪化はある程度予測できたはずです。
実際に登山客から不安の声や救助要請を求める意見も出ていました。
この段階で行動を中止し引き返す判断ができていれば、結果は違った可能性もあります。
青モンベル伝説の正体とは
事故後、「生還者は青いモンベルのゴアテックス(青モンベル)を着ていたから助かった」という噂が広まりました。
モンベル(mont-bell)は、1975年に日本で設立されたアウトドア用品メーカーで、ゴアテックス(GORE-TEX)は、防水・防風でありながら汗の水蒸気を外へ逃がす防水透湿素材です。
登山用レインウェアなどに広く使われ、一般的な雨具は防水性はあっても透湿性が低く、内部に汗がこもって衣類が濡れ、低温や強風下では低体温症の原因となります。
「青モンベル伝説」は、色やブランドが生死を分けたという話ではなく、防水透湿性能を備えた装備を使っていたかどうかが影響したにすぎません。
北海道警は「亡くなった人の雨具は防水性の弱いものが多く、生還者は本格的な防水透湿素材を使用していた」と証言しています。
しかし情報が独り歩きし、「青モンベルを着ていたから助かった」という噂へと発展しました。
事故の教訓
トムラウシ山では、2002年7月にも低体温症による死亡事故が発生しています。
登山者4名のうち2名が亡くなり、台風の影響による悪天候と道迷いが原因とされました。
この事故は大きく報道されることはありませんでした。
もし当時、より広く問題提起されていれば、2009年の事故を防げた可能性も否定できません。
山は多くの人を魅了しますが、それは自然の厳しさと表裏一体で、登山は下山するまで油断できません。
だからこそ、知識と準備を整えたうえで向き合う必要があります。
※画像はイメージです。


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