アイヌの人たちの語りや歌が収録されたCDと日本語訳の書籍がセットになった神話集。神自身が語ったとされる「カムイユカラ編」の中からアイヌ神話でも人気の「オキクルミ」が登場する物語をご紹介します。
耳で聴くことのできるアイヌ神話
北海道の先住民族であるアイヌの人々には、文字の文化がありませんでした。アイヌの人々の間に伝わっている数々の神話は、言葉によって語り継がれてきたのです。
失われつつあるアイヌの口承文芸を、物語として書き記したのが萱野茂さんでした。アイヌ語を母語とするおばあさんに育てられたという萱野茂さんは、アイヌ文化研究者としてアイヌ文化の保存と継承に務め、民話集など多くの著書を残されました。子ども向けの絵本も多数出版されており、絵とともにわかりやすく書かれているので、おとなが読んでもアイヌの文化や精神をよく知ることができます。
これまで、それらの絵本のいくつかを取り上げさせていただきましたが、今回ご紹介するのは、耳で聴くことのできるアイヌの物語です。
「萱野茂のアイヌ神話集成」は、昭和30～40年代に収録された、アイヌの人たちによる語りのCDで、発音の表記と日本語訳が書かれた書籍がセットになっています。
「カムイユカラ（神謡）編」「ユカラ（英雄叙事詩）編」「ウウェペケレ（昔話）編」の3編から成り、今回はカムイユカラ編から、以前ご紹介した絵本にも登場する「オキクルミ」の出てくる物語に焦点を当ててみたいと思います。
「狩り場を司る神とオキクルミ」の物語
アイヌの神話には、たびたび「オキクルミ」という名の神が登場します。オキクルミは、アイヌの人々のそばで暮らす守り神で、アイヌ神話で人気の高い英雄神です。アイヌの祖ともいわれ、人々に狩りや農業など生活の知恵をさずけた神としても知られています。
あるとき、狩り場の神のもとへオキクルミから伝言が届きました。アイヌの村は食べる物がなく困っているというのです。
かわいそうに思った狩り場の神は、酒宴を設けて神々を招待します。そこでシカを司る神にアイヌの窮状を伝えるのですが、シカの神は「アイヌたちが シカを殺しても イナウも持たずに 戻って来て そのことで腹を 立てた」と言います。
魚を司る神にも伝えたところ、魚の神も「アイヌたちが 魚を殺しても 頭叩く木も持たないまま 泣きながら来た」と言うのです。
そこで狩り場の神は、シカを司る神の倉からシカの骨を取り出して狩り場に撒きます。同じように魚の神の倉へも行き、魚の骨を取り出して川に撒きました。すると、狩り場にも川にもシカと魚があふれんばかりになったのです。
狩りができるようになったアイヌの人々は元気になり、たくさんの捧げ物をするようになりました。
この物語でオキクルミは、アイヌの人々のために、狩り場の神に伝言を送る、優しく頼もしい神として描かれています。
伝えられてきたアイヌの精神
アイヌの人たちが飢餓に苦しむようになったのは、もともと自分たちが神への感謝の捧げ物を怠ったからでした。シカを殺し、魚を獲っても人々からは何もない。そのことに怒り、悲しんだ神が獲物となる生き物を送ってよこさなくなったのです。
オキクルミは、そんな人々のために食べ物を分け与えていたのですが、それも足りなくなってしまいました。そこで、狩り場の神に使いを送ったのです。
狩り場の神の行動によって獲物が穫れるようになると、オキクルミはお礼の酒や食べ物を送ります。食べる物に困らなくなった人々も、感謝の捧げ物をするようになりました。
この物語は、食べる物への感謝の気持ちと、自然に対する畏敬の念を忘れないようにとの教訓が含まれています。
動植物はもちろん、小さな道具ひとつでさえ神が宿るとして大切に扱ってきたアイヌの精神は、語りによって受け継がれてきたのです。
耳で聴くことのできる貴重な資料
今や、アイヌ語を話せる人はわずかだといいます。CDを通して耳で実際にアイヌ語の語りを聴くことのできる「萱野茂のアイヌ神話集成」はとても貴重な資料です。
これまで、絵本でご紹介したアイヌの民話は、子どもにもわかりやすい日本語で、色鮮やかな絵も添えられており、充分にその世界観を感じることができます。
でも、それらが、どのようにアイヌの言葉で語られていたのかは、聴いてみないとわかりませんね。
文字ではなく、語られる言葉によって伝えられてきた物語。それをぜひ体験してみて下さい。絵本と合わせて聴くことで、さらに深くアイヌの世界を味わうことができるのではないでしょうか。
カタカナやローマ字も表記されているので、アイヌ語の学びにもオススメです。
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