大通駅からほど近く、ビル街の中にぽつんと佇む一際古く小さな建物があります。
世にいう『がっかりスポット』として名高い、『札幌市時計台』です。
今回は、この時計台についてご紹介させていただきたいと思います。
時計台と札幌農学校
時計台はもともと、明治11年(1871年)に『札幌農学校(現在の北海道大学)』の演武場として建てられたもので、国の指定重要文化財となっています。
その名残として、2階には当時の舞台と座席が保存されています。
建設当初は、1階に講義室や標本室、2階に屋内体育場を備えた複合施設でした。
アメリカとの友好の架け橋
まず館内に入っていくと、資料室のガラスケースの中にある人形に目が止まります。
この人形は「ファンニー・ピオ」。
昭和2年(1927年)にアメリカから贈られた、12,379体あまりの人形のうちの一体です。
日本からも58体の日本人形がお礼として贈られ、現地の方に大変喜ばれたそうです。
これら全てがアメリカと日本の「平和と友情の証」としてのメッセンジャードールだったのです。
農学校とクラーク

明治9年(1876年)7月31日、東京で入学試験を受けた11人の生徒と共に、クラーク、ホイラー、ペンハローの三人の教師たちが札幌に到着し、同年8月14日、『札幌学校農学専門科』の開業式が執り行われました。
当時はまだ『札幌農学校』ではなく、改称されたのは同年の9月8日のことでした。
ちなみに、教師たちの中でも、クラークの教育方針は厳しかったといいます。
着任して間もなく禁酒禁煙の誓いを起草し、生徒のみならず教師たち全員にも署名をさせたのです。
また、当時の日本人にありがちだった労働の蔑視を改め、労働により対価を得ることの正当性を教えるため、生徒の農業実習には労働報酬を支給していたといいます。
しかし、彼の教育方針はただ厳しいだけのものではありませんでした。
「『Be gentleman』、これだけである」
ジェントルマンは規則を厳重に守る者でありながら、自己の良心に従って行動する者。
この学校にやかましい規則は不要だ、との信念を持っていたそうです。
あくまで自分に厳しくも良心に従って行動させるのが、彼の方針でした。
振り子の時計

さて、時計台といえば注目すべきは振り子時計でしょう。
時計の秘密については建物の2階で知ることができます。
車いすの方も登ることができるよう、エレベーターが設置されているのは良いポイントです。
2階に上がると、広々とした演武場と共に時計の仕掛けや部品、説明などが目に入ってきます。
振り子時計の調整は週に2回あるそうで、その際は、音や匂い、動きなどで違いを判別しながら調整するといいます。
使う道具は一般的な工具が多いですが、時計の扱いは複雑かつ繊細です。
ちなみに、奥へ進むと、E.Howard社の塔時計が設置されています。
平日であればそれほど混み合っていないため、近くの椅子に座りながらでも、振り子とともに動く歯車の重厚な音に耳を傾けることができるので、おすすめです。
がっかりスポット、札幌市時計台
今回は、世間で『がっかりスポット』と呼ばれる時計台についてご紹介させていただきましたが、いかがだったでしょうか。
入館料は350円なので、観光以外では少々ためらう値段かもしれませんが、時計台や農学校についてじっくりと学ぶことができる上、2階の演武場にある塔時計も見応えがあります。
演武場のステージ上のベンチにはクラーク博士の像が鎮座しており、一緒に写真を撮ることも可能ですし、時計台でしか買えないおみやげも売られています。
個人的には、学びの場として一度は訪れてほしい場所だと思いました。
そしてぜひ、塔時計の振り子の音を聞いてみてください。
時計台の見方が変わるかもしれません。


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