「炭鉄港めし」とは?

「炭鉄港めし(たんてっこうめし)」をご存じですか?
字面からだけだと、食事かメニューなのかと推測できますが、それ以上はなんの事なのか解りませんよね。
果たして、どんな「めし」なのか?!
炭鉄港めしを紹介していきます。

目次

そもそも炭鉄港とは?

炭鉄港とは、明治から昭和にかけて、北海道が日本の近代化を支えるために形成した産業連関のことを指し、石炭・鉄鋼・港湾物流が一体となって機能したネットワークの総称です。

まず、空知地域の三笠、赤平、芦別などの炭鉱で、「黒ダイヤ」と呼ばれた石炭が採掘されました。この石炭は鉄道によって室蘭へと運ばれます。鉄道網の整備自体もまた、石炭輸送を前提として発展していきました。
室蘭では、日本製鋼所や製鉄所において、石炭を燃料として鉄鋼が生産されました。こうして生み出された製品は、国際貿易港として発展した小樽市から道外へと輸送され、日本の産業発展を支えていきました。

その後、炭鉱の閉山やエネルギー政策の転換、産業構造の変化により、石炭関連産業は衰退しました。
しかし近年では、日本の近代化を支えた重要な産業遺産として再評価が進み、令和元年(2019年)に、炭鉱(炭)・製鉄(鉄)・港湾(港)から「炭鉄港」と名付けて日本遺産に認定されました。

炭鉄港めしとは?

北海道の産業史の現場で、汗を流した労働者たちを支えてきた料理を総称したものが「炭鉄港めし」です。
特徴は栄養価が高く、腹持ちが良く、体を温め、さらに安価で手軽に食べられる点にあります。
重労働の現場だからこそ、求められたのは見た目の華やかさではなく、確実にエネルギー源となる一皿でした。

この取り組みは、2021年以降、炭鉄港推進協議会によって本格的に進められています。
その目的は、日本遺産に認定された「炭鉄港」という歴史的ストーリーを、食を通じて分かりやすく伝えることにあります。文章や資料だけでなく、実際に味わう体験を通して歴史を身近に感じてもらおうという考え方です。

炭鉄港めしとして認定されるための条件は三つあります。
第一に、炭鉄港に関わった労働者が実際に食べていた料理や食材に由来していること。
第二に、当時の生活様式や時代背景に基づいたレシピ、あるいはその再現料理であること。
第三に、地域の特産品を活用し、炭鉄港の物語を伝えることができる料理であることです。
これらのいずれかに該当することが求められます。

炭鉄港めしは単なるご当地グルメではありません。産業遺産を「味覚」という感覚を通じて体験させる、物語性を持ったグルメであるのです。

炭鉄港めしを食べてみよう!

炭鉱メシに認定された、代表的な料理と地域を紹介していきます。

ガタタン【芦別】

名前だけ聞くと効果音みたいですが、芦別市発祥の中華風とろみスープです。漢字では「含多湯」と書きます。

由来は戦後、炭鉱で働いていた中国人労働者が作った家庭料理とされています。
限られた食材を無駄なく使い、野菜、肉、魚介、きのこなどを細かく刻み、とろみをつけてまとめる。結果として、栄養価が高く、体が温まり、腹持ちも良い。重労働向きな一杯です。

現在のガタタンは、鶏ガラスープや塩味ベースに、白菜、タケノコ、しいたけ、豚肉、エビ、うずら卵など具だくさん。片栗粉でしっかりとろみをつけるのが特徴です。
見た目は八宝菜をスープ状にしたような印象に近いですが、とろみの効果で保温力が高く、例えるならば北海道の冬に着る防寒装備みたいな料理です。
もちろん、夏に食べてもアツアツが維持されて美味しい。

美唄焼き鳥【美唄】

美唄市発祥の郷土料理で、戦後間もない昭和20年代に炭鉱の町で生まれたとされています。
美唄は炭鉱の町として人口が急増しており、労働者向けに安くて栄養のある料理が求められていました。
当時は鶏肉が今ほど一般的ではなく、内臓も含めて一羽を無駄なく使う必要がありました。その結果、もも肉や皮だけでなく、レバーやハツ、砂肝、キンカン(未成熟卵)などを一本の串に刺す現在のスタイルが生まれたと考えられています。

味付けは塩が基本。炭火で焼き、仕上げに鶏ガラスープをかける店もあります。
無駄なく一羽を使い切る合理性があり、炭鉱労働者の町らしい実用的な料理として定着し、そのまま郷土料理になったわけです。

がんがん鍋【赤平】

一説によれば、増毛町の漁師料理が由来で、魚介を豪快に“がんがん”煮込む浜鍋が語の原型と言われているようです。
一方、赤平では炭鉱マンの家庭で食べられていたホルモン鍋が起源とされています。
冬場、石炭ストーブの上で鍋を”がんがん”炊き続けたことが名称の由来とされ、安価で栄養価の高いホルモンを味噌や醤油ベースで煮込む実用的な料理です。

炭鉱労働は過酷で、寒冷地の生活環境も厳しいものでした。そのため、体を温め、腹持ちが良く、手に入りやすい食材で作れる料理が求めら、ホルモン鍋はまさにその条件に合致します。
そして、炭鉱の歴史を伝える地域振興の中の一つとして、がんがん鍋を町の名物として位置づけました。

カレーそば【夕張】

炭鉱の町として栄えた夕張市では、過酷な労働に従事する炭鉱マンたちにとって、カレーそばは手頃な価格で体力を補える一杯として親しまれていました。

明確な起源については調べる事ができませんでしたが、カレー自体、明治以降に日本へ広まり、昭和期には大衆食として全国に普及していました。したがって「そば屋の定番メニューであるかけそば」にカレーを合わせる発想は、ありがちです。
特定の理由による発祥というよりは、炭鉱町の生活環境の中で自然に定着したのでしょう。

和風だしのそばつゆにカレーを合わせ、とろみをつけた熱々の汁にそばを入れ、豚肉や玉ねぎなどを具材します。
体が温まりやすく、腹持ちも良い、スタミナたっぷりの料理として知られ、現在でも人気があります。

室蘭やきとり【室蘭】

名前は“やきとり”ですが、鶏肉ではありません。
これは、全国的に串焼き料理が「やきとり」という商品名として定着していたことが背景にあります。一方、当時の北海道では豚肉の流通が安定しており、価格や供給面から素材が鶏ではなく豚に置き換わったとされています。

起源は、製鉄と重工業の町として発展した室蘭で、昭和初期に屋台から広まったとされています。多くの労働者が働く中、安価で腹持ちの良い料理が求められたことが背景にあります。
豚肉と玉ねぎを串に刺し、甘辛いタレで焼き、仕上げに洋がらしを添えることで、ビールや酒との相性が抜群。
労働の後に一杯ひっかけながら味わう、工業都市らしい料理といえます。

あんかけ焼きそば【小樽】

昭和初期に関東や関西から移住してきた、料理人たちがもたらしたレシピが元になっているようです。

小樽は港町として栄え、多くの労働者や商人が暮らしており、寒冷な気候の中で体が温まり、食べ応えのある料理が求められていました。
その結果、中華麺に野菜や肉・海鮮をたっぷり加え、とろみのあるあんをかけるスタイルが最適で、地域の食文化として定着していったようです。
家庭や食堂で日常的に食べられる中で、観光や地域振興の中でも「小樽名物」として発信されるようになったわけです。

なんこ料理【歌志内・三笠】

秋田県北部から移住してきた労働者たちがもたらした家庭料理がルーツとされます。
炭鉱町で過酷な労働に従事する中、安価で腹持ちの良い料理が求められた結果、豚の内臓や端材を味噌や醤油で煮込むスタミナ鍋として定着しました。

地域や家庭によって具材や味付けに差はありますが、この地域に住んでいる炭鉱の記憶を持つご老人の話だと、かなりアクのある料理で慣れないと食べられたものじゃないと聞いています。
歌志内や三笠の特定の食堂でいただく事ができますが、かなり控えめにして食べやすくした味のようです。

おすすめ炭鉄港めし

私の個人的おすすめ炭鉄港めしを紹介します!

まずはなんといっても「室蘭やきとり」

もはや1番有名な炭鉱港めしではないでしょうか?!
豚肉に注目されがちですが、肉と合わせる甘辛いタレ。これがまたおいしいんです!

各店オリジナルのタレで、好みのタレの味によって行くお店も人によって分かれています。
洋がらしを付けて食べるのがこの濃いタレにとてもよく合います。
私は室蘭やきとりを食べるためだけに室蘭へ行くこともあります。

次は「ガタタン」です。

現在ではガタタンラーメンが有名で、チャーハンや焼きそばなどアレンジを加えた料理があります。
具材の旨みがギュッとつまった、体を温めるスープが寒い冬にぴったりで最高です!

いかがでしょうか?
北海道にはおいしい食べ物、料理がたくさんありますが、炭鉄港めしはまた特別で食べたいご当地グルメです。
皆さんもぜひ、炭鉄港めしを食べてみてくださいね!

※画像はイメージです。

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